組織の中の個人
激しく納得したブログのエントリをコピペしてみます。
僕自身は壁があるとは思わないが、大きな違いはあると思う。
一概に起業家や経営者がすごいとは思わないけれども。
元ネタは、ここ、つぼいブログ。
少し前の話ですが、僕と同い年ぐらいの方が、不動産コンサルティングの会社を設立されるとのことで、ご挨拶に来られました。その時の話です。
(仮に彼の名前を木村さん、お勤めになっていた大手ゼネコンを竹水建設としておきます)
「僕は竹水建設で20年間営業一筋でやってきました。大阪ではこの業界では知らん人はいません。僕の名刺フォルダーには同業者やお客さん、1万枚の名刺があります」
つまり、彼はネットワークがあると言いたかったのですが、僕はそれだけでは役に立たないことを伝えたかったので、「木村さん、これは会社のネットワークです。木村さんのネットワークではありません。確かに木村さんの手元には1万枚の名刺がありますが、木村さんの名刺はどこにあると思いますか?木村さんの名刺は彼らの名刺フォルダーの木村の『キ』の欄にはないのです。社名の竹水建設の『タ』の欄に入っています。サラリーマンにとって、名刺の価値はまずは“社名”です。NTTとか三井物産とかトヨタとか松下とか。そして次に役職です。課長なのか部長なのか役員なのか。最後に名前です。ここまで来たら、名前なんてどうでもいい。ただの記号です。吉田でも木村でも相手には関係ない。竹水建設の営業部長に価値があるわけで、キツイようですが、木村にはなんの価値もないのです。ただの記号です。会社を辞めた時から木村さんはどこの馬の骨か分からん馬の骨になったんです」
僕がそう言ったら、彼は厳しい顔をして反論してきました
「確かに、でも、僕は会社の看板で仕事をしたことはない。この腕で自分を売って営業してきました。」
これがサラリーマンの大いなる勘違いなんです。僕は続けて言いました。
「木村さん、それではハッキリ言いましょう。自分の力で営業してきたとおっしゃるんですよね。会社の看板では仕事をしてない。自分の営業力だと…。勘違いしたらあきませんよ。それでは聞きますが、木村さんが竹水建設の名刺を出した時に『どんな仕事をしておられるんですか?』って聞かれたことがありますか?『あ、竹水建設さんですか』ってみんな知っている訳です。でも、僕のまわりにいてる起業家達はみんなただの馬の骨です。名刺交換したらほとんどの人が『何をやっておられるんですか?』って聞かれます。つまり、どこの馬の骨かって聞かれている訳です。『はい。うちはシステムの開発を…』とか『中野で小さなお店を‥』とか自分が何者か、どこの馬の骨か、何をしたいのか?何をしているのか?名刺交換の度に何百回、何千回、何万回と自分の会社や事業を説明しています。これが営業です。この積み重ねが営業力です。20年間、自分の会社の説明をしなくて済んだ木村さんに営業力があるとは思えません。木村さんはお子さんに『世間知らず』って言ったことがないですか?でも、木村さんの世間は日経新聞と竹水建設とその業界だけでしょ。井戸の中のサラリーマンって言うんですよ。世間知らずはあなたのお子さんではなく、あなたです。そんなにマーケットは甘くないです。今からでも遅くありません。サラリーマン時代のネットワークは捨てて木村さんのネットワークを作らないと失敗しますよ。
確かに!という感じですよね。
どうしても、社会的には肩書きというものが優先されてしまう。
よくよく考えると、所属団体(会社とか学校とか)が入ってない名刺なんて見たことない。
学生の身分で社会人の方に話を聞きに行けば、第一声が「で、君は何がやりたいんだい?」と聞かれる。
自分自身を売り込まないといけないわけだ。
そこで気に入ってもらえればいろいろとお世話をしていただけるし、話もいろいろ聞かせていただける。得るものは大きい。
反対に、「こいつは無能だな」と思われてしまうこともある。こういうときはすぐ分かるけど。
態度に変化が出る、あるいは一緒に話を聞いている友人の方しか見なくなる。
基本的に、人間は初対面の集団を相手にすると集団で一番っぽい人物を相手にしようとするらしい。
少ない少ない経験から得た経験則です。
個人の資格はつらいし大変だが面白い。
箱には、必要なときだけに乗っかるのが一番有効。
さてさて。
僕という人間は、どこまで通用するのか。
平々凡々として三流意識を持って、必死に背伸びをしている。
でも、人生に必要な背伸びだってある。背伸びしてればそのうち背は伸びる。そう信じて。