« MARS FLAG | メイン | 考え続けることが答え »

記号論

まず、人間の思考について考察していく過程で、簡単に言語化されたコミュニケーションを分類します。
MECEじゃなかったりするのはある程度ご容赦ください。
→MECE?・・・・参考1 参考2 参考3 参考4

あと、多少独善的でもご容赦ください。
単に知識が足りないもしくは考えが浅いのです。

① まず、何かを感じる。
これは完全に個人の感覚にヒモ付いていて、同じものを見ても感じることは人によって全く違う。
↓↓
② 次に、感じたことを頭で考える、整理する。
これは、感じたこと(抽象的なイメージ)を初めて言語という形に処理することを意味する。
↓↓
③ さらに、言葉にして伝える。
頭の中で言語化された情報を相手に伝えるべく、リアルに実態を持った形(声、文章など)に変換している。
↓↓
④ 読んだ・聞いた人間が、それを認識する。
何らかの形を持って発せられた言語を、頭の中に取り込む段階。例えば同じ本を一字一句逃さず読んだなら人による違いはなく、情報量としては全く同じ。
↓↓
⑤-1 最後に、認識した情報を解釈する。(⑤-2と順不同もしくは親子関係)
頭の中に捉えられた情報(④のこと)を頭で整理する。解釈する。同じものを見たり聞いたりしても考え方や捕らえ方が違うのはこの項目が働いているから。
⑤-2 また感覚的な部分に戻る。(⑤-1と順不同もしくは親子関係)


上記の過程一つ一つに、『翻訳』に近い形の作業が行われている。
言語とは記号であって、感覚そのものを表す指標ではない。
このコミュニケーションレベルを感覚的なものを伝えられる・受け取れるレベルに引き上げるには、ある程度の訓練が必要。
小中学生のころにお互いを理解しきれないのは、この部分にスキル不足があるからだと思います。
また、ある程度の誇張が相手に快く響いたりもする。
僕も最近になってやっと認識している程度ではある。
これが上手い人というのは、人の前にたって行動できるのです。

逆に、これが上手くない人の例を挙げます。
ただ、上手くないからといってダメなわけではありません。
それぞれの方面ですごいのです。
・長嶋茂雄
選手としては言うまでもなく超一流です。
ただ、指導者としてはお世辞にも一流とはいえません。
バッティングのコツが、『こうビューんとやってパチーッと当てて、ぐわーんと飛ばす』(実際の長嶋氏の言葉ではないですが)なんて言われても分からない人には分からない。
ただ、自分としては感覚の部分(①の項目)で超一流の理解をもっているから選手としては十二分にやっていけるんです。
・画家(その中でも後進を育てる教育者でないタイプ)
絵というのは、感覚表現の代表的なものだと思います。
さてしかし、絵を見ていない人間に対して画家が自分の作品を言葉で伝えられるでしょうか。
僕の勝手なイメージでは、無理です。
なぜなら絵とは表現であり、言語とは記号であるから。


最近この考えを認めてくれる人がちらほら。
確かどこかで見た考え方のような気もしてきましたが。一応オリジナルという勘違いを。

トラックバック

この一覧は、次のエントリーを参照しています: 記号論:

» コミュニケーション不全の根底に from MinorPenta-Phrase
最近、つうか昨日今日ぐらいでたまたまコミュニケーションに関する話を ささっと見聞きしたので、ささっと残しとこうかなという次第。 ひとつ目が友達の書いたエ... [詳しくはこちら]

コメント

いつも面白い事を書いているねえ。「絵とは表現であり、言語とは記号」論について。言語の組み合わせで人は自己表現をするわけであって、だからむしろ言語とはメディア(媒体)であると私は思う。その意味では絵画も然り。ただこのアイディアは私が1年みっちりメディアスタディーズをしてて洗脳(?)されたからなのかも知れないけど。。何をどう規定するかっていうのは結局は世界観の問題になるのかな。こういう事をなおざりにせず深く考える姿勢を持ち続けるのはすごく素敵なことだと思います。

理解するのに3回も読み直してしまった(笑)
難しいですね。確かに記号と表現については、定義が曖昧かもしれません。メディア(媒体)に関しても。考える余地は大いにありありですね。その辺は強固さんの得意分野ですか・・・。今後もどんどん叩いてください。

コメントを投稿