ケツとハートに火をつけろ
僕はこの間、とある人から電話を受けた。
まぁ、英会話スクールの勧誘だった。
こういう時僕は必ず、気のありそうななさそうな感じでのらりくらりでちゃんと話をすることにしている。
なぜって、そこにはwin-winの関係が成立しているからだ。
○まず、相手にとっての利益。
・話を聞いてもらえること。彼らが『本気で』その英会話スクールが好きな場合、勧誘しようとするその気持ちは正に正義のヒーローだ。『この素晴らしい』英会話スクールに君も一緒に参加しようよ、と。
・時間を費やすこと。バイトの人の場合、僕がのらりくらりと交わしている間にもどんどんとバイト代が入っているわけだ。
・電話代を使わせること。「金は天下の回り物」とはよく言ったもので、お金は循環させなければならない。その循環に上手く入ることができれば、【お金を使う→何かを買って得ることができる】【お金が入ってくる→一般にはそれ自体が何らかの精神的満足を伴う行為である】という途切れることなく続く大きな流れに入って、みんながHappyになることができる。
○次に、僕にとっての利益・・・というほどでもないけど。
・その会社に電話代を使わせてあげてちょっと循環に貢献した気になる。
・バイトの人でない場合(といっても実際にはどちらか分からないけれど)、その勧誘をしている人を冷笑して楽しむ。
別に、全てのそういった学校や習い事を馬鹿にしているわけではない。
ただ、電話のかかってきたのは『お金を持っていて(親の金を含む)、ちょっと危機感の出てきた大学生』をターゲットにしたスクールであることは間違いない。
僕がそれらを否定する理由は単純明快である。
『代償満足を得る場所』であるからである。
同じように「何かをしたいけど、なんとなくやることができない」人間を集めて、その人たちに、『英会話を習って英語を話している』という“勘違い”を提供している。
そんなところに時間とお金ををかけて行くくらいならば、同じだけのお金と時間を集中的に投資して一ヶ月くらいどこかへ行ってくればいい。
それができない人間が通うところだと、僕は思う。
ケツには簡単に火がつく。
誰かにつけてもらえばいい。めっちゃ厳しい会社にでも勤めればいい。
その火は簡単につき、また消すことも容易い。
しかし、ハートには中々火がつかない。
自分の内側から燃えないといけないから。
それにはそれなりの覚悟も、熱い気持ちもいる。
自分でケツとハートに火をつけられたら、一流だと思う。
軌道修正を重ねつつ、走りながら考えるくらいがちょうどいい。