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私生活をさらしてみるエントリ

・・・っていうのは真っ赤なウソで。
最近、周りにblogをやっている人が増えた。
しかも皆ことごとく私生活を晒している。

断っておくが、僕は私生活は晒さない。
考えたことはアップするけれど。
怖いし。
見られてるんですよ?
特に意外な人に見られてたことを知るとドキッとするわ。
下手に欝なことも書けないし。

世の中の傾向としてblogが単なる日記ツールとして広がっていく中、僕はblogをやめることすら考える。
なんでって、結構面倒だ。
もう一年になるし。

そのうちどこかで物書きでも始めようか知らん。
実はとあるblogを使って書こうとして一日で挫折。
あ、僕実は物書きにもなりたかったんです。
・・・こんなことを書くのも気が引けるくらい私生活を晒したくないさわもちでした。

このエントリの題名が題名だけにネタとして書いてみたけど。

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» プライベート from My Fortunate Life
さわもちのブログにコメントを残そうと色々書いてたんだけど、何か色々過ぎて話がまとまらなかったので、こっちに自分の考えを書く事にした。だらだらと長いだけのコメント... [詳しくはこちら]

コメント

同感。

先日オレのブログを見てくれたある一読者から
「もっと読みやすい日記みたいなん書いてよ、カタイよ」と言われたが…

それで仕方なく「フツーの日記ブログとは一線を画してやっちょりますけんよろしゅう。」なんて断りを載せたが…

日記のカタチのブログには…オレは価値を見いだせない…

>aquahero
禿同。

見て見たから足跡ついでに。

僕も長いこと「晒さないネット人」をやってきたけど、
あるところで弾けてしまい、それ以降はなんでも晒すようになった。

結果、僕が持つ雑記サイトには、大学の教授やバイト先の上司、
先輩、後輩、家族、実に様々な人が訪れるようになった。
快楽を感じたこと、鬱になったこと、はがゆいこと、夢。
全てを因果導入から結果考察まで余すところなく書き連ねる自虐。
今ではそれこそがwebの真髄とさえ思っている。
アイデンティティや個人情報は、時として武器となることがある。

武器としての性質を知り、さらに閲覧者の情報処理アルゴリズムまでも制御できたら、
この上なく愉快になれる。そしてそれが自分の付加価値になるのなら、
批判も中傷も、甘んじて受け止めることができると思う。

>もんとぱんだ
この辺は水掛け論になるので簡潔に。
僕も別にだめと言っているのではなくて。価値をそこにおいてないというだけなのです。
メールのやり取りののち初めて会った人に、『blog読んだよ』といわれたときにその人がどう感じ取ったのかを考えるとなんだか怖くなるわけですね。僕は情報の受け取り手を操作できるとは思っていないので。大衆なら出来ますが。
つまり、僕という人間を見るならblogだけで判断されたら怖いし、なんだかweb上で日記を公開しあってもいやかなと。僕はblogの価値を、雑多な情報の交換とストックに当てているので。僕はただ単に脳内のソースを公開している、それだけです。

ふふ、じゃあこの続きはいつかリアルで茶でも飲みながら話しますか。

>もんとぱんだ
ふふ。

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