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そこにある想いと時の流れと…

書こうと思ったときに書いておこう。

実は一ヶ月も前になるのだが、インタースコープに対するヤフーによる資本参加が合意に達したというニュースがあった。
ニュースリリースの直後に知り、とても胸が熱くなったのだが、その時は、何だか自分が書くのも申し訳ないような気がして、何も書かなかった。
僕はインタースコープに対して貢献したと言うには何かが足りず、立場上は何かを言われても言い返せないような、微妙な場所に立っていた。
僕がその意思決定に関与したわけではないし、こう感じることは勘違いなのかもしれないけれど、とにかくそう感じていた。
結局、その状態に見合う結果を見せることもなく、僕はその場を去ったわけだけれど、そこに結果の原資となる十分な何かを残してきたかと言われると、またそこにも一抹の不安が残る。

でも。
僕は、その会社を創業した人たちの想いに触れ、その会社で働く人たちの想いに触れ、いくらかの時間を共に過ごした。

ミーティングを重ねた会議室。
満室の仮眠室。
机の上の歯ブラシ。
週一回の自主勉強会。

あの時は特別な感情を抱かなかった風景も、振り返れば沢山の人たちの想いの詰まった場所だった。
そんな考えが、一ヶ月ほど前に僕の頭の中を交錯していた。

今日、インタースコープの創業者の一人、平石さんのblogを読んで、その考えを反復すると共に、時間の流れを認識した。
僕が、目黒川沿いの見事な桜を見てから2年。
それ以上の時間と歴史が、会社の上に降り積もっている。
無論、これがゴールであるはずがないし、むしろこれから多難な時期を迎えるわけだけれど。
別に何かの言葉を掛けたいと言うのでもない。
ただ、こんな風に、今もどこかで世界の歯車が回っているんだと思った。
誰かの想いを載せて。

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