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June 05, 2007

願うべきこと

テスト勉強をひと段落つけて午前3時。
バルコニーで一息ついていると、流れ星が。
「これは何か願い事をしなくては」と思い、手を合わせて目を閉じる。

「はて?何をお願いしよう?」

身近な人の息災以外に、特にこれといって星に願いをかけるようなこともない。
自分の無力を呪うことはあっても、僕には願う言葉はない。祈るような神もいない。
何だかつまらない奴だと自分でも思うけれど、僕には自分で実現したいことはあっても何か願うようなことはない。実現したいことは願うようなことではなく、過去と現在の積み重ねの上に存在すると思っている。

では何を祈ろう?

息災だけお祈りしておいた。

願うことや祈るべきものがあるということは、それ自体が救いなのかもしれないと思った今日この頃。

April 12, 2007

インサイダー取引の違法性に疑問が…。

前々からの疑問だったのだが、最近論点がはっきりしてきた。
インサイダー取引は何故刑事罰の対象なのか。僕にはよく分からない。
確かに道徳的にはよろしくない。過度の取引は規制されるべきだろうと思う。
例えば計画倒産を企画して同時に株を死ぬほど空売りし、紙切れを利用して儲ける…なんてのは刑事罰の対象としてしかるべきだが。
インサイダー取引を厳格に適用したら逮捕者は市場関係者と上場企業経営陣のほとんどだろうし、昨今の法の適用には見せしめの要素を強く感じてしまう。
誰かが得をして誰かが損をしたのなら、別に民事手続きを通じた利益の再分配でもよいではないかと思う。
コンプライアンスだとか道徳だとかでコントロールした気分になるのは、隣人愛を説いて戦争をなくしましょうというのと同じレベルの議論のような気がする。話としてはもっともだがシステムとしては疑問の余地がある。
僕はどちらかと言うとインサイダー取引によるシグナリング効果の方に仕組みとしての有効性を感じる。

まぁ一般によく議論されている内容はおいておくとして。
現状違法とされている内容に関しては、僕は司法の判断に任せます。
疑問だからと言って僕がインサイダー取引万歳!と言うわけではありません。あしからず。

僕が一番疑問なのは、「非公開の情報を元に取引を行い利益を得る」ことが違法なのに「公開された情報を元に取引を行い利益を得る」ことが違法とされないこと。
もちろん、定義が難しいのは承知している。しかし。
情報の真偽は別としても、情報の存在自体は事実であり、情報の非対称性が存在し、それを元に損をこうむる人がいるのである。

例えば、レックスホールディングスによるMBOの案件。2006年8月に業績の下方修正を発表。11月にMBO実施の発表。アナウンスメント効果によって下がった株価で安く買い叩く意図が丸見えではないか。

また、一般に経営陣のストックオプションにも同じことが言える。ストックオプションを行使する直前に株価を一時的に上昇させる発表を行う。株価が上昇したところでオプションを行使。

法律についてはよく存じ上げないが、wikiから違法性の根拠を引用すると
[quote]
情報の偏在を利用して取引相手を騙すことと同様であり、取引の相手に対して不公正である(信義則違反、権利濫用)。
会社の内部情報は会社の財産であり、これを内部者が自己の利益に利用することは、会社に対する忠実義務に違反する。
不完全情報を前提とした取引であり、新古典派経済学における完全競争の前提に反し、非効率的な財の配分をもたらす。

[/quote]
これらに全て該当するような気がするが、いかがだろうか。
いかに情報が事実とは無関係でかつ意図的に発表されたものであっても、情報が開示されているから違法性がないのだろうか。

February 21, 2007

そこにある想いと時の流れと…

書こうと思ったときに書いておこう。

実は一ヶ月も前になるのだが、インタースコープに対するヤフーによる資本参加が合意に達したというニュースがあった。
ニュースリリースの直後に知り、とても胸が熱くなったのだが、その時は、何だか自分が書くのも申し訳ないような気がして、何も書かなかった。
僕はインタースコープに対して貢献したと言うには何かが足りず、立場上は何かを言われても言い返せないような、微妙な場所に立っていた。
僕がその意思決定に関与したわけではないし、こう感じることは勘違いなのかもしれないけれど、とにかくそう感じていた。
結局、その状態に見合う結果を見せることもなく、僕はその場を去ったわけだけれど、そこに結果の原資となる十分な何かを残してきたかと言われると、またそこにも一抹の不安が残る。

でも。
僕は、その会社を創業した人たちの想いに触れ、その会社で働く人たちの想いに触れ、いくらかの時間を共に過ごした。

ミーティングを重ねた会議室。
満室の仮眠室。
机の上の歯ブラシ。
週一回の自主勉強会。

あの時は特別な感情を抱かなかった風景も、振り返れば沢山の人たちの想いの詰まった場所だった。
そんな考えが、一ヶ月ほど前に僕の頭の中を交錯していた。

今日、インタースコープの創業者の一人、平石さんのblogを読んで、その考えを反復すると共に、時間の流れを認識した。
僕が、目黒川沿いの見事な桜を見てから2年。
それ以上の時間と歴史が、会社の上に降り積もっている。
無論、これがゴールであるはずがないし、むしろこれから多難な時期を迎えるわけだけれど。
別に何かの言葉を掛けたいと言うのでもない。
ただ、こんな風に、今もどこかで世界の歯車が回っているんだと思った。
誰かの想いを載せて。

February 17, 2007

自戒の言葉

久しぶりにこんなことを書く気がする。
昔はこういうことばっかり書いていたのに。
変わるものは変わるものなのですね。

・欲せざるところ、施すことなかれ

・己の無力を嘆くことなかれ

・泰然自若として雲のようであれ

うーん。
やっぱり日々の感情をコントロールするのって大変なんですね。
長期は大分コントロールできるようになってきた気がするけれど、日々の変化はまだまだ大きいままで。
後から反省しても仕方ない訳ですが…。
自戒、自戒。

November 25, 2006

Where I was, and where I am.

今日は、ふとしたことから昔の自分に会うことが出来た。

きっかけは、このRabbit Ticker
これ自体は真新しいものでも何でもなくて、僕自身使い始めて1年半は経過している。
ボーっと見ていたら、RSSリーダーを使ってこんなビジネスモデルが立てられないかなーと思い、世の中はどうじゃろなと検索を開始。
そしたら、去年のInternetwatchの記事でクリック率がどうのという話を発見。

懐かしい。

そういえばインターン (ココでした) の入社試験の課題で、これに関連した話をやったな。

そう思い、当時のプレゼン資料を引っ張り出してみた。

2004年11月。

ちょうど二年前の今頃。確か85時間で6時間くらいの睡眠等々、かなり集中して作り上げた資料。
うーん、いけてない(笑)
でも、読んでいて自分で恥ずかしいほど出来てない印象は受けない。
その理由が分かった気がした。

この課題は一応評価していただいたのだが、当時は全く評価された理由が分からなかった。
どこがよくて何が悪いのか。
インターンをしていた当時を振り返って言うなれば、評価されるのは辛いことだった。
何故って、評価される理由も分からないのに、評価されることによっていたずらにハードルばかりが上がっていく。
何が求められているのかも分からず、自分に出来ることも分からず。
いくらかの時期は、上の空になりながら、息が詰まる想いで仕事をしていた時期もあった。

ここでわざわざその詳細は書かないけれど、この資料について言えば、何が評価されていたのか今なら理解できる。
見せ方やロジック、まとめ方などは今と比べようがない。甘すぎる。
でも、本質は外していない。
ロジックの曖昧さや説得力不足はあっても、しっかりと、何が問題で何をすべきなのか、それが論じられていた。

なんだ、2年近くかかってやっとそんなことに気づいたのかと言われそうだが、示唆には富んでいる。
この2年間で僕が学んだこと。それが、何に関して役立つのか。役立たないのか。
作る側の視点、評価する側の視点。
ネット社会に対する世界観の変化と、実際のネット世界の変化。

思いついたことは他にもあるが、きっとこれからも増え続けていくのだと思う。
こういった資料はある意味では、道しるべなのかもしれない。

Where I was, and where I am.

September 22, 2006

ちょっとしたネタになる豆知識

ちょっとした話のネタをご提供。
日本人同士だと別段面白くもないが、Non-Japaneseと話しているとみんな喜ぶと思われ。
このエントリを読む際は、ちゃんと喋っている場面を想像することが大切。

◆しゃぶしゃぶ
日本食の説明をしていて「しゃぶしゃぶという料理がおいしいよ」と言ったら、スペイン人とノルウェー人が「しゃぶしゃぶ…。うーん…。いい響きだね!」と言っていた。
語呂がいいのはいくつかの言語で共通らしい。

◆イタリア式乾杯
イタリアでは、乾杯を「チンチン!」と言うらしい。
みんながパーティーで「チンチン!」と言えば、どうなるか。
日本人ならお分かりですね。

◆電話で「もしもし?」
ドイツ語で女性器のことを「モシ」と言うらしい。
どちらかというとムシに近いようだけれど。
だから、日本人が電話に出て「もしもし?」と言うと、ドイツ人はちょっと笑ってしまうのだとさ。

◆A Short Guide to Comparative Religions
こちらは面白いところだけ引用。
本編はこちら
ちなみに、少し小ばかにした表現があるので、敬虔な方は見ない方がよろしいかと。
断っておきますが、私はどの宗教にも属さず、またどの宗教も否定する気はありません。

[quote]
Confucianism Confucius say, "Shit happens."
Buddhism If shit happens, it isn't really shit.
Zen Buddhism What is the sound of shit happening?
Hinduism This shit happened before.
Islam If shit happens, it is the Will of Allah.
Stoicism This shit is its own reward.
Protestantism Let this shit happen to someone else.
Pentecostalism In Jesus' name, heal this shit!
Catholicism Shit happens because you deserve it.
Judaism Why does this shit always happen to us?
Seventh Day Adventist No shit on Saturdays.
Jehovah's Witnesses Knock, Knock, shit happens.
[quote]

解説:
Zen Buddismはちょっと違うかなぁと思いますよね。でも上手く表わしている。個人的には"shit"がどういう形をしているのか?とかの方がいいと思うけど、イメージどおりの言葉で表わせない。
Hinduismは、前世を信じているからだそうです。
Islamは、ありがちなフレーズ。
Protestantismは、倫理の授業でやるあの隣人に同じことを施すのどうのこうのというやつかと。
Pentecostalismはよく分からないけど、よく聞く「イエスの御名において…」
Catholicismは、要するに免罪符ですよ、免罪符。生まれながらに罪を背負ってるんですよね。確か。
Judaismはかなり小ばかにした感じだけれど、確かにこういう印象。
Seventh Day Adventistは、土曜がお休み。パリのユダヤ人街も、土曜より日曜の方がお店が開いています。ちなみにパリの街は日曜の観光はオススメしません。お店が閉まっているから。
Jehovah's Witnessesは、日本でも有名なエホバの証人。これが一番面白い。世界中で自宅訪問して勧誘するみたいですね。

March 28, 2006

帰ってまいりました。

飛行機の中で気づいたことを二つ。

・ブロッケン現象
そうだ。ブロッケン現象だ。
名前を忘れていてなんだっけと思ったのですが。
昨年富士山に登ったときに見たのでした。
「太陽を背にして、眼下に霧もしくは雲の類がかかっている」
という割とレアな条件を満たしたときに見えるものです。
富士山のガイドさんの話では、雲に映るのは自分の影だけ (隣の人の影は見えない) とのことでしたが、飛行機では確認することもできず・・・。

・飛行機は自転の影響を受けるのか
 解:受ける
とても簡単な命題でした。
飛行機の中でちょろっと計算して判明。それまで知らなかったんです。あほとかいわないでください。
風の方向が自転の影響で変わるのは知っていたけれど、それは確か「自転に追いつけずに、相対的に見て進路が曲がってしまうから」だったと記憶している。

さてさて、どういうことかというと、オーストラリアと日本は時差があまりありません。
飛行機はほぼ南北に飛びます。
所要時間は、約8時間~10時間程度。
すると、ただ南北にまっすぐ飛んでいると、その間に地球が3分の1以上自転してしまうことになります。
下記が、概念図です (Not to scale)。
jiten.JPG
飛行機が自転の影響を受けないとすると、自転を追いかける形で斜めに航路を取る必要があります。
本当にそうなのか?

飛行機は、高度38000フィートを時速約800kmで飛んでいました。
フライト時間は約10時間。
斜めに進路を取ったとすると、時速1880kmの計算。
南北に進路を取ったとすると、時速800kmの計算。
(注:日本-オーストラリアが8000kmというのは簡易化のためです。本当は7000km程度かと。)
いうまでもなく、自転の影響を受けることになります。
ちなみに、音速が約時速1200kmなので、斜めに進路を取ったとするととんでもない速さで飛んでいることに。
その昔、コンコルドなる超音速旅客機がありましたが、それに乗っていない限り、斜めに進路を取っていたことはありえません。




で、この一ヶ月の総括。
やっぱり世界中を回りたいですね。
できるなれば、各地でホームステイなどして、そこに住む「人」を見て回らないとやはり面白くない。
サンプルは日本とオーストラリアの二カ国ですが、恐らく日本はとてもとても特殊な国なんだろうな、と思わされた一ヶ月間でした。

February 03, 2006

選択的記憶と意識に語りかける情報

昨日とある会で、こんな話が出た。
ある、銀行・証券を志して金融関連の何かを学ぼうとしている人の発言。

私は、A社の株を持っていました。その時は一株1300円。ちょうどその頃に、B証券がリサーチ部門の発表として、こんな見解を出したんです。「A社の株は、この先数ヶ月で1000円程度に落ち着くだろう」で、よくよく調べてみたら、そのB証券はその発表後にA社の株を6%も新規に取得している。これってひどすぎると思いませんか?確かにリサーチ部門と投資部門は独立していますがそれにしても・・・。

とのこと。
ちなみにそのA社は東証一部上場の家電量販店で、資本金は200億弱あるので本当であれば6%というのは相当の金額を動かしていることになります。

個人的にその話の真偽に興味はないし (ちなみに現在の株価は1500円以上)、とやかく言うつもりもないのですが、この話を聞いて思ったことがあり、エントリに書こうと思ったのでご紹介。
ちなみに僕は証券・金融にあまり興味も知識も薄いし、細かいところでは突っ込みどころは満載だと思います。ご容赦あれ。

僕の思ったことは、表題にある通り「あなた(もしくは人間自体)の記憶が選択的なのではないのか」「証券会社の戦略として当然ではないのか」ということである。

まず、選択的記憶について。
状況と証券会社の選択肢を考慮すると、ケースは6つしかないと思われる。
株価の評価が、上がる・そのまま・下がる。
株を買う (もしくは売らない) ・買わない (もしくは売る)。
証券会社の選択肢は、現在株を持っている持っていないの別があるが、同等の評価をしていると考えてよいだろう。
すると、この組み合わせ6つ。
合理的に考えると下がる株を買わないし上がる株を買うが、ここでは「実際の株価変動に関する話はでていない(もしくは評価されただけの段階)」ので、全てが明確に選択肢として存在しうることになる。
そもそも単なる「評価」なのだから、どの選択肢を取ろうと全く問題ない。
膨大な株取引に、たった6種類のケース。
ここで考えられるのは、たまたまこの人がこの証券会社の行動の矛盾に気づいたということである。
この人のように興味を持ってみているのであれば、恐らく同等の情報には幾度となくふれているだろう。
たまたま、証券会社Bのリリースを読み、株価のその後をチェックし(株主だし)、発見したに過ぎないという仮説が立つ。
とまぁ、ここまでは確率論、印象論。

次に、証券会社側からだけ見た場合。
上記に、株式に関する見通しの情報をリリースする・しないという二つの選択肢が加わる。
どう考えてもこれは戦略として慎重に選ぶだろう。
恐らく集まっている情報は、不確実性の高いもの低いもの、非常にインサイダーなものから一般的なものまで多種あるだろう。
あなたならどうするか。
情報を自分にとって都合のいいようにリリースし、都合のいいように内部に留保して使うだろう。わざわざリサーチ部門を設けて集めて分析した情報だもの。いくら部門が独立していたって、内部で情報をやり取りしないわけがない。
ただ確かに、社会に出て評価を受けるのだからいい加減な情報をリリースするわけに行かない。
しかし、百発百中が当たり前の世界ではないのだから、多少の見解のミスは問題にならない。だって所詮は「評価」とか「見通し」だもの。
それどころか、どちらかといえば「当たったらすごいですね」的要素もあるだろう。

そしてここで証券会社の戦略として「マイナス要素だけを発表し、プラス要素を隠す」またはその反対などのケースが挙げられる。
要するに、意図的に人間の行動を作り出す(もしくは促す)ことである。
マイナス要素を発表すれば、当然株価は下がる。
リサーチ部門なら、説得性のある確度の高い情報をリリースできるだろう。
マーケットが反応する。
株価は多少下がるだろう。
そこに買いをいれる。
プラス要素の方がでかいから。
するとこの買いに反応して株式市場全体が今度は買いの気配を見せるかもしれない。
この段階でプラス要素をリリースしたり外に漏れ出すように仕組めば確信犯決定である。
その反対の手も取ることができる。
あからさまにこんな手を取り続けることは出来ないかもしれないけれども、そもそも情報において圧倒的優位にあるのは証券会社なのだから、一見不可解な行動は、合理的戦略として捉えるに足る説得力がある。
証券会社は、そのようにマーケットが動く効果を多少なり期待してリリースを出しているのは間違いない。もしくは効果を期待していなくとも、自分達の情報がマーケットに与える影響については十二分に認識しているはずである。

結局、何が言いたいのかというと、気づいたのはたまたまだし証券会社のやりそうなことじゃん、ということ。
理論は後付けの部分もあるが、話を聞いて直感的に感じたことである。



これに関連して、前から紹介しようと思っていた話がある。
リサーチ結果は世論(?)を作る、という考えだ。
これはある方の話で妙に納得したのだが、僕なりの解釈ではこうなる。
例えば、次のようなリサーチ結果が出ていたらどのように感じるだろうか。
デジタルオーディオプレーヤー購入実態調査
対象:全国のデジタルオーディオプレーヤー所持者
サンプル数:600
モニターのセグメント:各年代で男女同数
20代150人、30代…

[所有台数シェア]
  apple iPod 87%
  sony walkman 8%

「やっぱりiPodシリーズは圧倒的だな」と感じるだろう。
僕はこの真偽についてとやかく言うつもりはない (もともと全く根拠がないし)。
重要なのは、この情報で"apple iPod 87%の台数シェア"が頭にインプットされることにある。
もしデジタルオーディオプレーヤーの購入する意思があったら、この情報によって商品選定に大きな影響を及ぼすことは何となく感覚として理解できる。たとえ「多い」と感じたにしろ「少ない」と感じたにしろ、何らかの影響を受ける。
その台数シェアが事実であろうとなかろうと、その情報が行動や思考に影響をもたらしてしまうのである。
よく言えばマーケティングその他に応用できるのだが、受け取り方次第では…と功罪を併せ持っている。
中学校でも習う有名な話では「アナウンスメント効果」がある。
選挙などで「○×党苦戦!」などと報道されると、その党の潜在的支持者の投票行動が喚起され何もなければ入らなかった票が多数入り、最終的には楽勝につながったりする、といった内容である。
本当に苦戦していたかどうかの真偽は、別にどちらでも構わない (もちろん意図的な報道であれば大問題になってしまうが)。
一番重要なのは、それによって影響を受け、行動した人が不特定多数存在することである。



情報は、望めば限りない量を手に入れることが出来る。
それはこの数年間で言葉で表せないくらい飛躍した。
しかしそれを受け取る人間のリテラシが変わらないままでは怖いなーというお話。株の話にしろ、個人投資家って飛躍的に増えてますよね。ちょっと疑問を持ったり、自分の考えと照らし合わせるだけでいいと思うのですが。

世界を動かすのは、大衆であって人ではない。

長くなったくせにそんなよく分からないオチになってしまってちょっと困ったな。
今回はこれにておしまいです。

January 27, 2006

備忘録のような予告のような

一連のライブドア騒動に関して。
ライブドア株の急落にともなって、他のネット関連企業にも売りが波及しているとのこと。
『ネット関連企業』ということでひとくくりに語られ、同じ企業として見られることに対して、個人的にはすごく違和感があった。
で、それを明快に述べているエントリをご紹介。
毎度おなじみのLife is beautifulより
引用は特にしないけれど、明確に言えばそういうことらしい。

で、そういうことらしいで終わりかというとそうでもなくて、「M&Aで大きくなった会社」と述べられている点を念頭に置いてライブドアのサービスを見てみる。すると、「これは買ったな」と思うようなありふれた技術を使ったサービスばかりのように思えた。
以下に列挙する。

【一般向け】
メール/ブログ/写真/Skype/ウィキ/フレパ
【ちょいヘビーユーザー向け】
ツールバー/ポイント/ウォレット/クレジットカード/ブログリーダー/RSS配信
【法人向け】
ホスティング/ネットワーク接続/SSL/ドメイン/携帯メール配信/デパート出店/中国ビジネス

一つひとつ注釈を加えようと思ったけれど、また今度にする。
おそらく、ライブドアの歴史をさらえばほとんど買収のはず。
すでに買収ですらない、単に「ライブドア経由」を目的とするものがスカイプ、wiki、ネットワーク、ドメイン、SSL。
こんなものはサービスの概要を見なくたって場所を貸しているレベルであることが分かる。
すると、ライブドアのコアコンピタンスは技術ではないのか?
ライブドアの付加価値とはポータルメディアであることにあったのか?
上記のサービスについて、ライブドアの買収の経歴ついて、収益構造について、恐らくデータを列挙するだけでかなり僕にとって予想通りの結果になると思う。
IT企業の定義について、何をコアコンピタンスとするか、収益の柱としているか等の切り口でいくらかセグメントできると思われます。
その調査を、テスト終わったらやりますw
備忘録のような予告のような。


余談だが、最近知識欲が出てきたようだ。
情報に触れていることが明確に喜びというかモチベーションになるというかなんというか。
日経をたまに読むたびに面白すぎる記事にわくわくするし、学びたいことも、学ばなければならないことも、なんだか今では魅力を持って感じられる。
最近はそんな日々を過ごしていると思う。
ただ、やりたいことを考えている間にやるべきことが甚だ中途半端であることは反省しなくてはいけないと思う・・・。

January 19, 2006

雑記

先日、一ヶ月近く遅れてサンタさんからのプレゼントが届いた。
tenkey.jpg
ThinkPad X41をクリスマスセールで買ったのだが (なんと酷いことにウインターセールと称して価格は継続中) 、その特典でついてきたThinkPadテンキー電卓。
これは電卓としても使えるし、テンキーとしても使えるので、個人的には重宝しそう。
ちょっといけてるのが、写真右側にある巻き込み式?のミニUSBケーブル。
びよーんと伸びるのです。
で、本体の上部には "We Love ThinkPad !" の文字。
ちょっと気に入りました。

Googleが新卒採用してたりとか。
学歴を偽って説明会にでも出ようかと思ったが、あいにく不可能なことが判明。
あとGmailのページで利用できるストレージの量がリアルタイムに秒単位で増えてたりといった遊び心に感動したり。

ライブドア騒動。
詳細の報道を知らないので別に意見はしませんが、堀江氏のブログに貼られたコメントの多いこと。
参考:
ちなみにライブドアの時価総額は6252億9600万円。
どこだかで昨日14%株価が下落していたのを見た気がするので、差額は1000億円に上るかもしれません。
こわ。

で、今日書きたかったことの本題。
(注:書いてから気づきましたが面白くないので飛ばして結構ですよ。)
最近はどういう話になっているのか知らないが、Gmailの広告がプライバシー侵害にあたるか、という話。
僕はこの記事を読んで、えらく納得した記憶があるのだが、今日たまたま半年以上前に書かれた記事 (Gmailがぞっとするわけ ) を発見したので。
Gmailに広告を載せることは、メール本文の内容を一度クロールするわけで、プライバシーが守られているのか心配である、という意見がよく出されていた。
でも上記のAngela T. Lee氏のインタビューの2ページ目、 

Gmailの問題に関して言えば、広告を載せるか否かに関わらず、ウェブメールを利用する以上、どこかのメールサーバに情報を預けてしまっていることには変わりはありません。

という記述。
これはGmailがぞっとするわけ に比べて、極めてロジックがはっきりしていて、筋が通っている。
自分のサーバーでメールを管理したりしない限りは、通常、どこかのメールサービスを利用する。
そのメールは必ずサーバーに蓄積される上に、ウイルスチェックを受ける。
メールの中身をクロールされていることには全く変わりない (もちろん、テキストとしての認識かスクリプトとしての認識かの違いはあるが) 。
また、ログデータを個人情報とヒモ付けて見ることもまずあり得ない。
何億、何兆と集まっているログデータを個人を特定して閲覧することは物理的?に無理があるし、個人として解釈することに現時点ではほとんど意味がないし、ことこの点に関して言えば人の目で見るのだから、他のwebメールも同じ状況にあるといえる。
間違いなくログは利用するだろうが、個人にヒモ付くのはまだ何年か先の話である。
この議論の原因はどちらかというと心理的要因にあるように思う。
要するに「表示されてしまうと気持ち悪い」のである。
まぁこの辺りの深い話はおいておくとしても。
Gmailがぞっとするわけ を読んで感じるのは、すごく感情の入り込んだ記事であるということ。
「私の読みが正しければ、MicrosoftとYahooも似たサービスを出すことになる。」この点に関しては、恐らく現状の両者の差を抜けないだろう。MicrosoftやYahoo!がwebメールのシェアで負けたからといって事業が傾く訳ではないので (将来的には痛いかもしれないが) 、そこにそれだけの費用対効果が現時点ではないだろう。
「極端なプライバシー擁護論者でなくても、これが根本的にいただけないアイディアであることは分かるだろう。」上記に挙げた理由からわかりません。そもそもどの辺りが「根本的にいただけないのか」明示されていない。
この先に関してはすでに時代が移ってしまった感があり結果論になってしまうが、OSを押さえることは近い将来問題でなくなるだろうし、研究開発予算においてもサービス提供のスピード感においてももはやGoogleの方が上である可能性もある。
つまるところ、この記事の作者はMicrosoftの方が好きなんだな。
文脈にそういった感じが出ている。

とまぁGoogle信者丸出しで書いてみた。
途中でなんて自分はつまらないことを書いてるんだと思ってしまったのが悲しい。
睡眠時間が減ってしまった感がある。
寝ます。

January 08, 2006

しょっく。

京都・大阪へ行ってきました。
道中の様子を携帯電話からmochilogの方へアップしたつもりでした。
アップされていませんでした。
携帯電話からmochilogへ送信したメールは一体全体どこへ行ったのでしょう。

足を痛めました。
携帯が壊れました。
腕時計の電池がなくなりました。
折りたたみ自転車を入れていた袋は破れました。
帰ってきてパソコンを開けて、多少悲しくなりました。

December 24, 2005

宗教に関するあるインプリケーション

ある人が、こんなことを書いていた。

この10年間、日本人が「メリクリ!」とか言っている間に、アメリカでは"Happy Holydays !!"と言うようになりましたね。


その人はちょっとネタ的に書いていたが、宗教の扱いに関して重要なインプリケーションを含んでいると思う。





と、今回はインプリケーションだけで終わらせてみた。
所要時間はまぁ1分ですな。

December 17, 2005

「人」の「間」に生まれるもの

必要なメールも打ち終わり、多少酔いの残る頭で久々に駄文を書く。
自分の考えとして「事実は小説より奇なり、しかし、その事実を選択しているのは他ならぬ自分である」というものがある。
僕は、運命論者でも偶然論者でもない。
運命とか必然とか偶然とか、そんなことはすべて後から振り返ったときの理由付けに過ぎないと思っている。
どんな人も、過去と現在を繋ぐ道の上にいて、そこから将来を探そうとしている。
まっすぐだったにしろ、曲がりくねっていたにしろ、その道を拓いて来たことに変わりはない。

では、偶然と必然、人生の転機で、何が違うのだろうか。
それは、「自分の意識」に尽きると思う。

一番分かりやすい例を挙げる。
私の知人の方の奥さんが、こういう話をしたという。

今まで公園には妊婦さんなどいなかったのに、自分が妊娠して公園へ足を運んでみたら妊婦さんだらけだった。何故なのか不思議。

もうお分かりだと思う。
自分が妊娠をしてみると、意識、関心、興味がそちらに移り、それが目に留まるようになっただけのことだ。
実際には以前にもその時にも、変わらぬ公園の風景があったに違いない。

この点と、上記に挙げた偶然と必然といった話は、密接にリンクしているように思う。
ある人が、自分を変える運命の人にであったという。
では、運命付けたものとは何だったのか。
自分の意識や興味が、その人を求めていた、それだけのことである。
これは、同じ人と話しても心動かされる人と、そうでない人がいる、当たり前の事実が裏付けている。
つまり、人との出会いは意識・無意識を問わず恣意的であり、選択的であるということだ。
結果として自分の人生も、どこかで自分の気持ちを反映した形で進行していくと思う。
これはいくらか記憶に似ているかもしれない。
よいこと、悪いこと。どちらも記憶に残るのは自分の心次第であり、またそれは後から追加されたり削除されたりする。
それは、あなたが無意識に決めることだ。

しかし。しかし。
ここで終わらないのが人間の相互作用である。
それぞれのベクトルが、各個人の想像を超えた何かを生み出し、人を超えてつながっていく。
無論それは人に依存することではなく、その中身はその日その時の各人のベクトルによって異なる。
僕は、そんな不思議なつながり、素敵なつながりが好きである。
最近は、その相互作用に、かなり能動的に参加できるようになってきた。
僕もその時間を大切にしたいし、また相手にも何かを持ち帰って欲しい。

本日のそんな機会を作ってくださった方々・その輪に加わってくださった方々に感謝感謝。

さてさて非常な駄文。
ロジックは通ってるのかしらん?
まぁいいや。駄文ということで、お読みいただきましてありがとうございました。

November 27, 2005

リサーチの大切さ

更新頻度が遅いとのご指摘を受けました。
ごもっとも。
どうしても何か「問題」と「それなりの答え」がないと書く気がしないので、更新がいつも遅れるのです。


今日は、問題だけ投げかけてみようかと思います。
お題は「コモディティ化するコンビニエンスストア」について。


最近、コンビニのコモディティ化がどんどん進んでいる気がする。
例えば、あなたがいつも通勤、通学に使っている道。
いくつのコンビニがあって、それがどのベンダ (この場合正確にはベンダとは言わないが、「コンビニという商品」を提供するという意味でベンダと呼ばせていただく。というか単に使いやすいからなのだがw) なのか今わかるだろうか?
もしくは、最近の数日間にいったコンビニのベンダをすべて挙げられるか?
挙げられない人もいるのではないだろうか。


まぁ、いなかったとしても、少なくとも僕はこう感じているのでそういう仮定で進めます。
でもコンビニってかなり飽和していると感じませんか?
「コンビニ」として一括して認知され、コモディティ化するにつれ、ベンダ間での差別化が難しくなってきている。
あって当たり前で、それ以上に何を求めている訳でもなく、またそれ以下であると困ることが多々あるのではと思う。
じゃ、コンビニはこれからどうやって利益を向上させていくのでしょう?
非常に面白い課題ですよね。
差別化の戦略は、ヒト・モノ・カネどこから?(もちろん構成要素はそれだけではないかもしれませんが・・・)
これまでと同じように、ワンストップで何でも提供できるまでサービスの多角化を進めるのでしょうか?
それとも、徹底したコモディティ化戦略をとるのか?


一例として最近、セブンイレブンの弁当に高付加価値化を目指した形跡を発見した。
道場六三郎監修 特性弁当である。
実際に食べてみたのだが、炭火黒豚カルビ焼肉重780円は、高い。
この値段に飲み物を付けたなら、都心で余裕で上手い昼飯が食べられる。


さて、個人的感覚は置いておいて、この価格決定に関わる要素を見てみる。
弁当の値段を、仮に x 円 としようか。
この弁当を食べて、払ってもよいと思う値段を y 円 としようか。
単純に考えると、x - y = A が、コンビニであることに対して支払うお金である。
近さとか利便性とか。
ここから、アプローチの仕方が異なる。
①Aの値段を、コンビニへ行くことによる機会費用の観点や、歩く時間が減るなどの効用の観点から考える人がいたら、恐らくそれは経済学者、もしくはそれに近い考え方の持ち主。というか、y にあたる価格の概念を持ち出している時点でこの考え方の持ち主になりそうな気がする。
②A (もしくは x 円) を、コンビニの周りに近くに住んでいて A の値段を妥当として買いに来るであろう人たちが、コンビニからどれくらいの範囲に住んでおり、そこにどれくらいの人間がいて、想定購買数はどれくらいで総合すると市場は・・・と商圏のような概念から考える人がいたら、その人はコンサル的な考え方の持ち主 (僕の偏見ですが違いますかね?)。
③x 円について、「こんな弁当があるんですけど、どのくらいの値段なら買いますか?」ってみんなに聞いて回り、その結果を分析して、「このくらいの価格なら利益を最大化できるんじゃないですか?」と考えるのがリサーチャー的な考え方の持ち主 (簡単に片付けすぎたかも・・・)。
④x 円という値段設定をするときに「どうすればx円でもこの商品を皆の手に取ってもらえるか、どうやって価格に説得性を持たせていくか」と考えて、その方法をいろいろと出すのがマーケティング的な考え方 (ちょっと強引かも・・・)。


アプローチの仕方一つで、職業が全く違うんですね。少なくとも僕の偏見の中では。
先日ある方が

この前メシを食って○○達の話を聞いていたときに、『就職したい先・やりたいことが見つからない』と言っていたから、『お前らは就職したい先とかやりたいことが見つからないんじゃない。自分の興味が社会の中でどういう仕事につながっているのか分かっていないんだ』といったら、みな納得していたよ。

これは、全くその通りなのだと思います。
上記①~④のような内容を明確に意識して会社を選んでいる人は、そうはいないのではないでしょうか。


話がそれましたが、値段設定の話に戻ります。
このようにアプローチの方法はいろいろあっても、自分の感覚値ではない説得力のある答えは出せません。
何って、まず圧倒的に情報量が足りないでしょう。
例えば今日あった人一人ひとりがそれについてどう思うのか、その人たちがご飯にいくらお金を投下しているのか、またそもそも今日あった人が何人いるのか、それについてさえ明確な指標を持たないのに。
(別にこのことに明確な指標を持つ必要は全くありませんが、ある程度の情報があれば、これらは類推できるのではと思います。)


さらにもう一段話を戻すと、一つの商品の価格も決定できない状態で、コンビニの営業戦略も何もあったものではない。
だから、僕はコモディティ化した「コンビニ」ベンダが、どのような方法で自分の商品 (コンビニ) を手に取ってもらうかというビジョンについて、納得の行く考えも、説得力のあるアイデアも持ち合わせていないのです。
(価格決定と営業戦略は確かにレベル感の違う話ですが、流れとして、まぁ突っ込まないであげてください。)
この問いに答えを出すためにまずは、徹底的なリサーチが必要なのだと思います。
まぁ、ジャストアイデアで解決できるという話はおいておいて。


今日も、リサーチ不足で結局は頼りっぱなしでした。
「これってどうなの?」といわれるたびに調べなおした気がする。
止まってる頭を引っぱたいてばっかりいるより、泥臭く情報を食べた方がよっぽど身になるということでした。
反省、反省。

…結局、最後まで書いてみると落ちというか落としどころはあったのかもしれない。

October 19, 2005

名探偵コナンは実在するか

今日の帰りにふと目に留まったのだが、名探偵コナンが、ついに51巻まで出してしまったらしい。
僕は20巻が出たことすら知らなかった。

で、「他殺で人が死にすぎ!」と思ったのであるが、実際、どうなのだろうか。

まず、あまり気分のよい検索ではないが、他殺による死亡者数を調べてみる。
…となかなか統計として載っていない。
かろうじて発見したのは、原発に関する記事で「これを日本における死亡率と比較すると、他殺による死亡率と同レベルで、交通事故死の50分の1程度となる」という記述を発見。
すると、交通事故死はというと、「1万1,483人」とある。
すると、他殺による死者は平成十四年に約230人と推定できる。
途中で、他殺による死亡割合が0.1%であるという記事を発見したが、この数値からするとだいぶ大きくなってしまうので、有効数字の関係だと仮定して値の小さい前者を採用する。

一方の名探偵コナンを見てみる。
名探偵コナンの世界の時間の流れで見る方法と、実際の時間の流れで見る方法があるが、両方を検討する。

まず、名探偵コナンにおいて、シリーズすべてにおける他殺による死者をαとおく(このαについては後ほど)。

①名探偵コナンの世界の時間。
現時点でどういう話になっているのか知らないが、僕の予想が正しければ工藤新一の学年はまだ受験勉強をしていないはずなので、まぁ進んでいても3年生になったばかりだと仮定する。
すると、最大で2年間の年月が経過していることになる。
つまり、統計から割り出した数字を当てはめると、この世界では他殺による死者が460名いることになる。
それを簡易化のために460件、2年間等間隔で(同時に起きていなければよい)、47都道府県でat randamに起きた事件であると仮定する。
そうすると、東京都にいるコナンが(移動しまくっててもたぶん同じだが)α件の事件に遭遇する確率は、
47分の1のα乗 × 47分の46の(460-α)乗。  (あってるのかな・・・)

で、αに適当な数字を当てはめるのだが、これはエクセルを使用すればとても簡単。
ってかエクセルがなかったらこんなあほなこと思いつかないし。
………あれ?エクセルの有効範囲を超えている!
まじか。
ちなみにα=100とすると小数点以下171桁目に最初のゼロでない数字が出てくるらしい。
      α=1でやっと0.0001%になる。
でも普通に考えて、47分の1の確率の試行を460回繰り返したら期待値は10くらいになるのだから、何かがおかしい。

そか。組み合わせを考えないといけないんだ。
  上記の式に掛けることの、  " 460 C α "  である。
そこまでエクセル頭よくないだろ。

とおもったらある!!!!!!!!
エクセルキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
COMBINEという関数らしい。
エクセルはやはり世界一のソフトウェアである。最高。

で、やっと妥当と思しき数字が出てきた。
α=1 0.05%
α=10 12.61%
α=100 0.0000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000048%
だそうな。
これであってるとよいのだけれど。
ちなみに10より1が確率が低いのは、期待値が10に近いので逆に珍しいから(のはず)。
α=100は、ゼロが小数点以下65個並んでいるハズ。
二年間で、α件の殺人事件発生に、同じ県に居合わせる確率がこれだけだそうです(あっていれば)。



②実際の時間。
読み疲れた方もいるかとは思いますが、二度目は簡単なので。
コナン連載が1994年の開始ということなので、満11年とします。
つまり、全国では累計で2530件。
エクセルで数字を入れ替えると…
α=100のとき、0.00000037%
だそうです。

ここでαについて述べると、
名探偵コナンが51巻発売されていて、1巻当たり2話、1話につき殺人事件が1件起きているとすると、約100件の殺人事件にコナン君が遭遇しているからなんですね。それぞれ2年間もしくは11年間に。

いづれにせよ、同じ件に居合わせる、というだけですので、現場に居合わせるにはさらにこれを何乗かする必要があるかと思います。
ただし、これを繰り返すことで、限りなくコナン君に近づくことが出来ると思います。


経済の世界でよく使う単純化も、あながち馬鹿にしたものではないということですね。


以上、名探偵コナンはありえないという話でした。
おしまい。

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September 11, 2005

駄文

さて。

今日はかなり駄文で先ほどのエントリを書いてみた。
思いつくところをつらつらと並べた。
このエントリでも駄文を並べることはお断りしておくが。
blogはそろそろやめようかと思う。
もう何ヶ月も前から検討しているが。
もともと「読んで勉強になることを書く」というモットーで始めたが、最近は99%そこから脱線している。
そこにつぎ込む情報収集と頭をひねるだけの体力が、ない。
いや、正確にはそこにモチベーションを感じない。
内容が陳腐化してきて私生活を晒している観さえある。
個人情報垂れ流しなのも、だんだんと気になるようになってきた。
世の中の私生活晒しを見るたびにテンションが下がる。
見る分には面白いが、僕は自分でやりたくはない。
先日、「○○は自分のいいとこばっかりしか書かないでさぁ~」みたいな話しを聞いた。
もっともなことだ。
それが当然だろう。
でも、そうすると世の中のblogって、とんでもなくどうでもいい情報があふれているのではないか。
自己顕示欲と衒示的エントリの洪水。
実際にその人のblogを久々に見てみたが、激しくテンションが下がった。
明らかに人を馬鹿にした表現をし、自分のすごそうなところを強調しているが、僕に言わせれば貴方も結構レベル低くないですか、むしろ錯覚している貴方の方がレベルが低くないですか、と。
まぁ、自分もそうなんですけど。
どんなコンセプトでどんな看板を掲げようとその一部になりつつある自分に、嫌気もさしてきた。
今日もこうやって駄文を書く間にもどんどんとテンションが下がる。
さらに駄文を続けると、最近、自分の無能さに腹が立つ。
優秀だとか、すごいと言われるたびに内心へこむ。
僕が今最も目標として見やすい位置にいる人も、同じような葛藤を抱えてはいるのだろうけど。
多少そういう雰囲気を感じる瞬間がある。
でもそこで一歩踏み込んで会話の流れとしてプラスに発言できるから、すごい。

で、ちょいとずれると、結局僕は何をやっているのかと。
ちくと思うのは、僕のアイデンティティはどこにあるのかと。
以前、美容室でシャンプーをしてもらっているときに、「何なさってるんですか?」と聞かれて、だいぶ答えに窮したが、結局「学生」と答えた。
つまりは、そんな意識なんじゃん。
やることは同じでも、本質的な部分で異なっている。
上に立つ人間と視点が異なる。
責任感なのか、立場なのかは知らないが。
まぁ、言わずもがな僕が悪い。
越えられる人もいれば、越えられない人もいる。
少なくとも現時点では越えていない。
越えているとも認識されていないだろう。
自分が悪くても、学生として扱われていると思うと、なんだか馬鹿らしい。

「おれ、21歳だから。」
「あれ?この前まで社会人学生だって言ってたじゃん!」
「いや、おれは21歳。」

僕と同じような立場にある友人の会話である。
後になって激しく共感してしまった。

はぁ。仕方ない。
今は、目の前のものにモチベーションを感じられているからよしとしよう。


で、何が言いたかったかというと、もっと自分が時間をつぎ込むだけの価値ある情報を提供していきたいのですよ。
あぁ。困った。

秋の気配

段々と、朝夕に秋の気配がするようになってきた。
大学に入ってから、6つ目の季節が通り過ぎようとしている。

もう過ぎたことなので書くが、しばらくの間は思考が止まっていた。
止まっていたというより、止めていたという方が正確かもしれない。
感覚としては、受験が終わってみると受験問題がさっぱり解けない感じに似ている。
妙に焦りを感じ、ストレスが溜まる。

最近は、つねに頭の中で「整理しろ!」と唱え続けている。
前まで出来ていた気がしたのだけれど、もしかしたらたまたまだったのかもしれない。
今本当の意味でロジカルになって、能力が向上している最中なのかも知れない。
もしかしたら、今抱えているタスクが僕のスペックを激しくオーバーしているのかもしれない。
例えるなら、メモリは64MBのくせにWindowsXPを動かしているといったところか。
最近抜けは多いし調査不足は多いし。
いずれにせよ、越えるべき壁があることは間違いない。

今日会った人に、「なんか明るくなったね。前はずいぶん疲れてる感じだったけど。」と言われた。
その人に会ったのは、約一ヶ月ぶり。
的を得ている気がする。
今の方がよっぽど疲れが溜まっているし、精神的にもよい状態ではないけれど、前を向いている。

ただ、それだけなのだ。

今日会った人は、笑顔が魅力的な人だった。
人間関係について話したとき、なるほど説得力のある魅力的な笑顔をしていた。納得の内容だった。
人間味のある、素敵な人々に会えるのは幸せなことだ。
僕もそうなれたら。

最近、よく思うことがある。
僕らは(勝手に複数にしているが)、世の中で回る歯車のひとつを作り出そうとしている。
例えば、今貴方が使っているPC。
これを作り出すために絞られた知恵の数々を考えたことはあるだろうか。
なぜ、ディスプレイがこの位置にあるのか。キーボードの配置はこうなっているのか。OSって、何でこういう働きをしているのか。ソフトはどうやってプログラミングされたのか。パーツはどうやって誰が開発したのか。
世の中の9割以上の人は、全く気にしないだろう。
PCを使うにせよ、携帯を使うにせよ、服を着るにせよ、息を吸うことだって、目の前に当たり前にあるのだから疑問を持つことは少ない。
そこにあるのが当たり前で、ないと困ったり不便だったりするもの。
その一つを作り出そうとしている。
僕らが必死こいてDBを作りこんでパラメーターをふってサイトを作ったところで、誰がそんなこと気にするものか。
でも、僕はその人たちの笑顔を見てみたい。
満足している姿を見てみたい。
その姿を思い描いて仕事をしている。
世の中に当たり前に存在するもの。
その裏にある人々の努力・苦労・喜び。
新宿駅を行く人たちを眺めながら、そんなことを思った。

September 04, 2005

カッシータ

将来大物になる人たちの集まりということで、参加させていただき行ってまいりましたのは青山にあるカッシータ。
web上にHPがないのが残念なのですが、ちょっとしたサプライズがいくつも待っていました。
もちろん、幹事のT氏の心配りもありーのでしたが。


まず通されたのが屋外のテラス。
そこで何をやるかと思えば、サーベルを使ってシャンパンを開けるというパフォーマンス。
もちろん自分達で出来ます。
そこでさぁお食事・・・かと思えば移動して屋内の席へ。
テラスはただ単にお喋り用だったのですね。
用意された席にてシャンパンをついで乾杯。
と、その際に席に用意されていたものは、
・イニシャル入りのナプキン
initial.jpg
・名前入りのメニュー表

・メッセージカード
messagecard.jpg
さらにメッセージカードの裏には…
messagecard2.jpg

会社のロゴ!
なんと、予約時に幹事のT氏が伝えてくれていたらしいのです。
パフォーマンスが細やかですね。
仕上げには、…
allmembers.jpg
全員分の会社(関わりの深いビジネスコンテスト名、内定先を含む)が!
すごいですね。ちなみに宣伝までに乗せておくと上から、
ジョイブ株式会社
楽天市場
株式会社ALBERT
学生のための国際ビジネスコンテストOVAL
城南信用金庫
株式会社ファクトリアル
なり。

ここで感じたことを一つ。
安くて雰囲気がよい店に行くのも非常によいことではあるが、高くて雰囲気がよい店というのもよいと思った。
前者にはお得感があり、後者にはお金を使った感がある。
別に金持ちになろうとは思わないし、高い店ばっかり行ってたのでは息が詰まるが、たまにはこういうのもよいものだとしみじみと思った。
集まってる人間に将来性が感じられるのもよく感じた理由だと思う。
上に並んでいる会社名ではよく分からないだろうけれどw

とにかく、感謝!感謝!

青山に移転してきたお店らしいのだけれど、よいのでぜひ一度行ってみることをオススメする。

August 18, 2005

麦酒

何に対してモチベーションを感じているのか分からないけれども、何故か、モチベーションが高い。
泊まり明けで終電だったけれども、まだやることは山ほどあるけれども、前ほどは疲れを感じない。
それどころか調子がよかったのではないかというくらいだ。
前ほど時間を取られているという印象も薄い。
だいぶ主体的に動けるようになってきたのだろうか。

今日飲んだ麦酒はとにかく美味しかった。
何故だろうと飲みながら考えてみると、自分の精神状態がよいのかもしれない。
もしかしたらその場や面子がよかったのかもしれないし、正確なところはわからないけれども。

そこで、こんなことを思った。
もしかしたら、麦酒とは、その人の精神状態でだいぶ味が変わってくるのかもしれない。
酒に溺れる味もあれば、充実した酒の味もある。

自分の心の味がする飲み物。

素敵ではないですか。
自分がちょっと笑顔でいられたら、またちょっと美味しくなるのかも。


…ただ単に、気分がよけりゃ何でも美味いとか、そういった話はおいておいて。
もう歳なんだとか、そういった話もおいておいて。
麦酒の味って、比較的差が大きい印象を受けたので。

July 26, 2005

現実逃避

テストという現実から星の彼方へ逃避するために、エントリを書いてみる。
目標所要時間:10分。

【夏休みの目標】
・富士山に登り、ご来光を拝む。
・青春18切符と折りたたみ自転車で伊勢高知の『さわもち』を食べに行く。(なんと親戚に配るらしい!)
・静岡へ帰って、親戚と共に祖父母と飲む。
・地元の海で遊ぶ(海が恋しい・・・)。
・パソコンに関して、もっときもくなる。
・一年間を勝ち取る。


あれれ…意外と少ない。
出てこないな。
もっと遊ばなきゃ。
所要時間:ジャスト10分。

July 13, 2005

ミュージック・バトン

バトンを渡された。
いつもの自分なら書かないかもしれないけれど、内容に共感する部分があったから、繋いでみる。
前走者は、aquaheroのノート
僕が共感したのは、この部分。

バトンのくせに距離をもろともしないのはIT革命のなせる技ですな。
さすがは数々の保守的な企業を潰しにかかる革命児、バトンをも革命したか。
陸上部をやっていたaquaheroにはその皮肉が身に滲みる。
思い出すのは時間が来るまで延々とリレーが続く恐怖のエンドレス・リレー(しかも敗者に罰ゲーム)
あの、遠いゴール。 このバトンはキーボードを叩くだけなのに…
さてバトンは繋がるか…!?
(何か繋がりという辺り、GREEに似てるなあ…)

練習後のリレーは、うちらは場合は罰ゲームなかったし、自発的な参加だったからむしろ楽しめるものだったけれど、練習後の300一本が果てしなくつらかったのを覚えています・・・。
また、SNS的な方向性の実験という意味でも書いてみる。

で、本題。

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June 30, 2005

生きていること

今日は、雨。

いつものように電車に乗り込む。雨の割りに心なしか空いている。

ふと、ある女性が目に留まった。

なんというか、顔に生気がない。

病的に青白い印象さえ受ける。

「あぁ、この人疲れてるんだろうな」

僕は単純にそう思った。

ごく、単純に。

でも、世の中はそこまで単純に出来てはいないようだ。

その女性は袖の長い、薄手のカーディガンを着ていたのだが、ふとみると、その女性が袖をまくって自分の腕を眺めていた。


そこには、傷があった。

怪我・・・ではない。

いわゆる、リストカットであろう。

生傷が、数え切れないくらいにある。

本当に、数え切れないくらい。

初めて見たこともあり、僕は不覚にも、背筋がぞくっとした。

第一印象に納得したと同時に。


リストカットに至る経緯はいろいろとあるのだろうが、僕が聞いた話では、この種の自傷行為の心理は「自殺願望はなく、自分が生きているという実感を得たい」というものだった気がする。
もしくは、それに順ずる内容だ。

もちろん、人によって千差万別だろうが。

この人がもしそうであるとすれば・・・。

僕は、どうなのだろう。

僕の周りの人たちは。


僕は、疑問を持ち続けなければならない。
考え続けなければならない。

あなたはどうか。

June 25, 2005

家電量販戦線に変化あり?

今日、ビックカメラ立川店へ行ってきた。

売り場配置が変わっている。

前は、AV・オーディオ機器が一階にあったのだが、三階にあったパソコンと入れ替わってしまった。
季節商戦による変動だろうか。
そんな手間のかかることするのかな。

とにかく、メインの商品はパソコンらしい。

一方の三階のAV・オーディオ機器で盛況なのは、MP3プレーヤー。
MDウォークマンにはみな見向きもせず、MP3プレーヤーに黒山の人だかり。

・・・なのに、三階。
シャワー効果(集客力のある企画・商品を上層の階で提供すると、行くとき・帰るときに訪れる途中の階への経済効果が上がるというもの)を狙った感じでもない。

恐らく、人の流れや売り上げ等々を熟慮して変更したんだろうけれども、どういう変化なんだろう。
家電業界の売り上げ構成比に変化でもあったのか知らん。

こういうことコンサルとかで出来たらすごく面白いだろうに。
家電量販専門のコンサルティング。
面白そうではないですか。

June 15, 2005

私生活をさらしてみるエントリ

・・・っていうのは真っ赤なウソで。
最近、周りにblogをやっている人が増えた。
しかも皆ことごとく私生活を晒している。

断っておくが、僕は私生活は晒さない。
考えたことはアップするけれど。
怖いし。
見られてるんですよ?
特に意外な人に見られてたことを知るとドキッとするわ。
下手に欝なことも書けないし。

世の中の傾向としてblogが単なる日記ツールとして広がっていく中、僕はblogをやめることすら考える。
なんでって、結構面倒だ。
もう一年になるし。

そのうちどこかで物書きでも始めようか知らん。
実はとあるblogを使って書こうとして一日で挫折。
あ、僕実は物書きにもなりたかったんです。
・・・こんなことを書くのも気が引けるくらい私生活を晒したくないさわもちでした。

このエントリの題名が題名だけにネタとして書いてみたけど。

April 20, 2005

ケツとハートに火をつけろ

僕はこの間、とある人から電話を受けた。
まぁ、英会話スクールの勧誘だった。
こういう時僕は必ず、気のありそうななさそうな感じでのらりくらりでちゃんと話をすることにしている。
なぜって、そこにはwin-winの関係が成立しているからだ。

○まず、相手にとっての利益。
・話を聞いてもらえること。彼らが『本気で』その英会話スクールが好きな場合、勧誘しようとするその気持ちは正に正義のヒーローだ。『この素晴らしい』英会話スクールに君も一緒に参加しようよ、と。
・時間を費やすこと。バイトの人の場合、僕がのらりくらりと交わしている間にもどんどんとバイト代が入っているわけだ。
・電話代を使わせること。「金は天下の回り物」とはよく言ったもので、お金は循環させなければならない。その循環に上手く入ることができれば、【お金を使う→何かを買って得ることができる】【お金が入ってくる→一般にはそれ自体が何らかの精神的満足を伴う行為である】という途切れることなく続く大きな流れに入って、みんながHappyになることができる。
○次に、僕にとっての利益・・・というほどでもないけど。
・その会社に電話代を使わせてあげてちょっと循環に貢献した気になる。
・バイトの人でない場合(といっても実際にはどちらか分からないけれど)、その勧誘をしている人を冷笑して楽しむ。


別に、全てのそういった学校や習い事を馬鹿にしているわけではない。
ただ、電話のかかってきたのは『お金を持っていて(親の金を含む)、ちょっと危機感の出てきた大学生』をターゲットにしたスクールであることは間違いない。

僕がそれらを否定する理由は単純明快である。
『代償満足を得る場所』であるからである。
同じように「何かをしたいけど、なんとなくやることができない」人間を集めて、その人たちに、『英会話を習って英語を話している』という“勘違い”を提供している。
そんなところに時間とお金ををかけて行くくらいならば、同じだけのお金と時間を集中的に投資して一ヶ月くらいどこかへ行ってくればいい。
それができない人間が通うところだと、僕は思う。

ケツには簡単に火がつく。
誰かにつけてもらえばいい。めっちゃ厳しい会社にでも勤めればいい。
その火は簡単につき、また消すことも容易い。
しかし、ハートには中々火がつかない。
自分の内側から燃えないといけないから。
それにはそれなりの覚悟も、熱い気持ちもいる。

自分でケツとハートに火をつけられたら、一流だと思う。
軌道修正を重ねつつ、走りながら考えるくらいがちょうどいい。

April 14, 2005

OL予備軍

最近、就活中の女性をよく目にする。
正確に言えば、『就活中らしき』・・・だ。
いかにも、大学生がスーツに着られて会社に連れていかれているところです的な雰囲気がある。
そういう男性も散見されるが、女性の方が目立つようだ。
化粧や髪型その他が「就活用」なのかもしれないけれど。
よく、子供のころは女の子の方が精神年齢が2歳くらい高いと言われるが、こと就活となると逆の現象が起きているようですらある。
あのまま社会人になったら、それはOLなんて単語も生まれますよ。
もはや死語だけれど。

最近は、僕の中で就活が目的になりつつある。
身の回りのつわもの達が欝になっている就活。
今やベンチャーなど規模の小さな会社(といっても全てを見たわけではないし千差万別だろうけれども)の魅力に惑わされて(?)、大企業に勤めようなんて気はだんだんとなくなってきたが、それでも就活はしたい気がする。
なんだか他人事だが面白そうだ。
本末転倒も甚だしい。
会社に選ばれないようにしないとな。

April 12, 2005

今日のExcel

関数です。

=IF(F2<50,0, IF(F2>=50,IF(F2<55,1, IF(F2>=55,IF(F2<60,2, IF(F2>=60,IF(F2<65,3, IF(F2>=65,IF(F2<70,4, IF(F2>=70,IF(F2<75,5, IF(F2>=75,IF(F2<80,6, IF(F2>=80,IF(F2<85,7, IF(F2>=85,IF(F2<90,8, IF(F2>=90,9 ) )) )) )) )) )) )) )) )) )

たぶんこうだったと思う。
何をしようとしたかというと、それぞれの行についた値に対し、50から5区切りでフラグを立てようとしただけ。
並べ替えしてフラグを立てて、また並べ替えを繰り返した方が速かったかも。
式のエラーは外せたけど、エクセルの制約上、関数は同時に7個までしか使えないらしく、結局失敗。
でもいいお勉強になりました。


もうすぐ学校が始まってしまう。
学校へ行