メイン

February 01, 2007

「粉雪」 レミオロメン

[quote]
僕は君のすべてなど 知ってはいないだろう
それでも一億人から君を見つけたよ
根拠はないけど 本気で思ってるんだ

[/quote]
を検証してみました!

まず、こちらのエクセルシートを参照ください。

このエクセルシートで自分の好みの設定をして確率を計算してみてください。
仕組みは、ポワソン分布を利用しています。
参考資料はwiki島根大学のとあるご教授のページから拝借。

仕組みは簡単。
「単位時間 (一生涯、1年、5年)の間に x 人に『こなぁぁゆきぃぃ~ねぇ』と言いたくなる確率はどれくらいか」と言うものです。
x 人と世の中の平均値を自分で決定してください。
それによってどれくらいの確率になるのか変わります。

また「バイアス」という欄があります。
これは、一生涯に10人に粉雪したくなったとしても、それが平均して80年間に満遍なく分布するとは限らないことを考慮するためです。
この欄は、人生80年満遍なく粉雪したり、一生のうち粉雪的な出会いがあるのは10歳から40歳までの30年だからその期間だけ計測したい、などという場合に利用してください。

ちなみに「本当に粉雪する確率」ですが、実は天文学的に小さい数字になります。
条件が二つ重なっていて、
 ①総人口の中のたった1人、粉雪と出会う
 ②粉雪に粉雪する
この二つを同時に満たす必要があります。
まず①ですが、総人口を n、一生で出会う人の数を m と置きます。
すると、粉雪に出会う確率が m/n で求められます。
計算は、下記の画像を参照。
combin.gif
例えば日本人1億3000万人のうち、一生涯で1000人の人と出会うとすると (名前を認識する程度まで含める)、確率は0.00076923...%となります。
(エクセルファイルの"konayuki"というシートにどうでもいい計算がしてありますが、そちらは無視して結構です。簡単に計算できるとは知らなかったんです。参照したページはこちら。)
そして②が最初のエクセルで計算した値。

例えば、一人当たり1000人に出会い、日本全体の平均で3人に粉雪したくなるとき、「本当に粉雪する確率」は0.0001%です。

ま、所詮確率論ですけどね。
人生に大事なのは直感ですよね。

January 27, 2007

共産国家日本 その1:正規分布モデル

第一弾。正規分布を基本としたモデルです。
実は前から作成済みだったのですが、小出しにするつもりでいたら時間がたってしまいました。

ダウンロードはこちら

モデルの基本構造は「子供の収入は親を中心とする正規分布に従う」です。
つまり、確率的には親と同じ収入になる確率が最も高く、親より大きくなるのも小さくなるのも同等の確率です。
これは
 ・親の教育投資が子供の将来に影響すること
 ・何らかの社会的障壁 (身分や人種による差別等) があって、それが明確にもしくは暗黙のうちに作用している
という二点を考慮した結果です。
もし、正規分布の分散が大きければ、親の教育投資や社会的障壁が次世代へ影響する割合が小さくなると言えます。

モデルは3世代を想定。
第一世代は現実の収入分布と近くなるように設定しました (詳細は後述)。
初期設定では収入が500弱になるように設定してあります。
また収入がマイナスとなるのを防ぐため最低収入を設定。
分散は2種から選択可能。自分で入力するもの、もしくは各国の進学率 (School enrollment, Secondaly) に応じて変化させるもの (詳細は後述)。

ここで僕が想定した結果は「分散が小さい社会では3世代に渡って収入の分布が変化しないが、分散が大きい場合は収入が一様分布に近づいていく」と言うものです。
一様分布であっても格差はありますが、少なくとも低所得者層が減少し、中間層が増加することになります。
結果は、いまいちでした。
想定どおりになることもあれば、逆に状態が悪化する場合もあります。
グラフを見る限りでは2極化が進み (原因はグラフの両端では確率分布が変化すること)、グラフと世代の制約を取り払って考えるならば、所得がどんどんと幅広く分散し各階級の度数が落ちます。

エクセル中で変更可能な設定の説明は以下。
"General Settings"の部分が変更可能です。
Initial α, Initial β → 第一世代の収入の分布を決定するベータ関数の参照値
Variance → 各世代での分散を決定する値。マニュアルとリストが選択可能で、マニュアルの場合は直接値を入力、リストの場合は分散の最大値 (進学率が100%以上になる国での分散) を設定した後、国名を選択
Highest Income → 第一世代の収入の最大値
Lowest Income → 全ての世代の収入の最小値。収入がこの値より小さくなった場合はこの値に修正される。
グラフに関して → グラフの階級を動的に設定できるシステムが思いつかなかったので、グラフは固定です…。

モデル設定の説明;
第一世代の収入分布 → 直接値を入れておくことも考えたのですが、モデルの柔軟性を重視し、分布の形を変化させる際に最も有効になりそうなベータ関数を採用 (一様分布や中間層が非常に多い正規分布に近い形などいろいろ設定できます)。そこからベータ分布を無理矢理変換して使っています。
ベータ関数に関しては、こちらのページを参照。
そういえば基礎金融工学という授業でベータ分布を習ったことが懐かしく思い出されます。もう覚えちゃいないけれど。そういえばこんな確率分布を扱っていました。
Appletを使って動くので分布をいろいろいじってみてください。
各国の進学率 → 社会的障壁を数値化することが難しいので、教育投資が将来に影響することをモデルに組み込むために採用。教育と労働生産性の増加が相関するという前提に立っています。進学率が低い場合はマクロ的に見て学問で身を立てることが出来る可能性が下がるため、分散は小さくなる。(またその場合、労働の生産性が入学組と入学できなかった組で二極化し、さらに入学できなかった組では内部で生産性が均一化するはずなので、収入が劇的に下がる可能性も減るはずだけれど、これは憶測の域を出ない。)

以上です。
批判改善点などお待ちしております。

January 19, 2007

共産国家日本

いくつかのきっかけから「日本は資本主義を標榜していながら、内実は理想的な共産主義国だ」というフレーズを思い出した。
そのフレーズは微妙に違う意味で使われていたのだが、平等・不平等に関連して、僕は日本が非常に格差が少ない国であると考えているので、それを数値で実証してみようと考えたわけである。
ちなみに表題を「共産主義」としなかったのは、「共産主義国家」と「共産主義が目指した格差の小さな国家」は必ずしも同義語ではないという僕の個人的な考えによる。

一般論について述べる。
よく経済的不平等を図る値として引き合いに出されるのが、ジニ係数である。
この世銀のデータで言えば、日本はデータが存在する124ヶ国中123番目に不平等な国と言うことになる。
(注:データを見に行けば分かるが、国によってデータの取得年度が異なる。しかしデータが全て世銀の調査チームによって処理されていると見られることから、定義の一貫性と言う意味において無理に同じ年度を違うソースから集めてきたよりは信頼性があると考える。この詳細は上記世銀のページのデータに関する説明欄を参照されたい。)
上記では日本のジニ係数は24.9 (1993年)。
こちらの総務省のデータでは27.3 (2002年)。
定義が違うはずなので何とも言えないが、日本のジニ係数は90年代後半を経て上昇傾向 (注1) だと言うことなので、両者の齟齬は小さいと思われる。
他に考え方としては、一人当たりGDPがある。
最も、この数値は経済学で使われているところを見たことがないし、しっかりしたデータも存在しないようである。
考えてみれば、人口には労働人口と非労働人口がいるし、さらに労働人口の中にも職についていない人や、一人暮らしから10人の大家族を養う人まで様々なので、指標としては非常に意味が少ないと言える。
また、実際には物価や為替の違いも存在するので個人の豊かさを国際比較する指標にはなりえず、購買力平価 (Purchasing power parity, PPP) などで調整した値を使わなければならない。
データ表を作成してみたが、結果としては…。いまいちである。
GDP_Person.jpg
ソースは世銀のデータクエリ
"Weighted"はこちらのデータにある"Ratio of PPP conversion factor to official exchange rate (2004)"で荷重。
2004年の値で加重してあるので2004と表記してあるが、一人当たりGDPは2005年の値。
国の掲載基準は、上位5ヶ国と最も低い国、その他は恣意的。

以上が一般論。
僕はここで平等や幸福の定義について議論する気はない。
ではどうやって社会の違いを明確に示すか。
数値モデルを考えた結果、3種類のモデルを思いついた。

①正規分布モデル
②ベータ分布モデル
Cobb-Douglasをぱくった理論経済モデル

全てのモデルで前提としているのは「子供の収入は両親の収入と関連する」と言うことである。


とまぁこれだけ書くと大そうなお話に見えますが、それを次回以降うpしていこうと言うお話でした。
でも実際、ちゃんとデータを集めて上記の3つをそれぞれ検証すれば、卒論程度には十分な話になるはず。
僕の場合はデータ集めはしないでモデル検証だけですが。
それでは次回以降にご期待ください。誰も期待していないと思いますが。

注:ソースと補足
上記の注1は「格差」を考える 第2回:日本の所得格差は国際的に見てどうなのかより。
ちなみに、ここで紹介されているOECDペーパー(PDF)にある"Actual and perceived inequalities in the distribution of income"という図 (11ページ) は相当いけてない。
"Actual"と"Perceived"の重ね方が恣意的で (恐らくは両者の差を最小化させるように重ねたのだろう)、どちらが上回っていると言う判断材料にはならない。

January 25, 2005

ゆるやかに広がっていくつながり

今日は遅ればせながら、去る12月21日に僕たちの主催したキャンドルナイトにご協力いただいたお店のうち、3店舗の方に報告書を提出がてらお話を伺ってきた。
やはり、イベントとしての結果は・・・・・。思わしくなかった。
集客に悪影響を及ぼしてしまったお店もあった。

でも、個々の反応はなかなかだった。
これから誕生日のお客さんにはキャンドルサービスをしようと検討していると言ってくださったお店。
今回のキャンドルナイトで、新たな方とのつながりが出来て、輪を少しずつ広めていきたいと言ってくださったお店。「メンバーとして一緒にやったら?」と知り合いも紹介していただいた。
もうひとつのお店は、僕の友人が担当していたのだが、店長さんと知り合いになり、お店に通うようになって結構なサービスをしてもらっているらしい。
とにかく、みなさん、キャンドルナイトというもの自体には非常によい評価を下していただいた。

前のエントリにも書いたが、支えられていると感じるのと同時に、なんだか、こういう、ゆるやかに広まっていくつながりと言うのも捨てたものじゃないと思う。
しかもこれがキャンドルナイトの呼びかけそのままだから、キャンドルナイトという企画の魅力に改めて感心した。
僕はこの魅力をもっと多くの方に伝えていきたい。


P.S.キャンドルナイトのサイトのほうに僕らの企画もアップしてもらうべくメールを送るので、もし暇があればチェックしてみてください。そのうち掲載されると思います。あと、僕も写真をどこかにアップするので、そしたらまたご連絡いたします。

January 18, 2005

速い

とにかく速い。ただ離されまいとする努力でいっぱいいっぱいですわ。
ただでさえ日数が少ないのに。
男子三日会わざれば刮目して見よ」と言うが、「三日やらざれば人の倍やれ」といった感じではなかろうか。さすがに言いすぎか。
いま大切なのは、目標設定を明確にして、目的を持って一秒一分の重みを変えていくこと。
吸収できるスキルや手法は吸収して、ある程度は一人でこなして一人で設定できるレベルに達しなくてはいけない。
このままスピードに目が回った状態で半年間も過ごしたらもったいない。

January 16, 2005

データが揃わない・・・

僕が常々無駄だと思っていた、あの通勤ラッシュ。
日本に住んでいる世帯すべてを、通勤・通学の時間と費用が最小化されるように最適化したら、そこにはどれくらいの機会費用が隠れているのか。
こんなことを考えていたのだが、全くデータが出てこない。
柏市の統計とか高崎線のページなら出てくるのに。
後は平均乗車額とかも出てこない。
だから、独断と偏見で好きなように書く。

まず、通勤平均時間は1時間とする。
で、ページがどこかへ行ってしまったが平均月収はどこかに36万って書いてあった気がする。高い気もするけど。
そうすると1日1時間で一人当たり500円。
ここで1時間の移動費用<500円なら、無駄が発生していることになる。
で、最適化したときに・・・。


なんだかデータが揃わないのに無意味な気がしたから途中だがやめる。
要するに、通勤通学ラッシュを軽減して、かつ社会全体として利益になるかもしれないってことさ。
まぁ、現実的に不可能ではあるけれど。

December 24, 2004

9.11 in Plane Site

世論は作られる。
少なからず、政府やメディア、その他によって変質した情報が流布している。
これは言うまでもなく世間の大前提として。

この映像にある内容とは、9.11の陰謀説を裏付ける証拠や証言について。

続きを読む "9.11 in Plane Site" »

December 22, 2004

100万人のキャンドルナイト終了

酔っ払っております。
でも、気持ちが熱いうちに簡単に書きたいと思います。

国立でキャンドルナイトを企画、実行してみての感想。
やっぱり、支えられているなぁ。
自分の至らなさとともに、僕は一人じゃないんだという感動がいま僕の心境です。
迷惑もかけます。
負担もかけます。
イベント自体が人の心に対して訴えかけるものだから、論理で攻められたらひとたまりもないです。
メンバーにだって、無給で負担ばかりかけます。
でも協力してくれる人がいる。
期待をしてくれる人がいる。
僕は幸せ者です。
今日は、イベント全体としてはまず間違いなく失敗であったと思う。
でも、心で答えてくれる人たちがいる。
僕の心を支えてくれる人がいる。

僕は、成長したい。
お世話になったすべての人に恩返しがしたい。
お礼が言いたい。
せめて、還元くらいはしたいと思う。
僕は支えられている。
どうせなら一人じゃ生きて生けないような、人間くさくありたいと思う。

世の中に、新しい価値を提供したい。
社会に対して、なんらかのアクションを起こしたい。
迷惑、おせっかい、力不足、責任感の不足。
でも、僕は一人ではないんだな。
支え、支えられ生きている。

今度こういう気持ちになるときには、誰かに拠りかかられて倒れたい。

December 07, 2004

教育

学習時間足りない 日本の学力低下

OECDの学習到達度調査(PISA)の調査結果が出たらしいですね。
基本的に、教育に関して意見をとやかく言うつもりはありませんが、塾講師をやっていて感じることを。


結果では、日本の学生が「読解力」の分野で大きく後退、学校外での勉強時間も加盟国平均を下回っているらしい。


 日本の生徒に特徴的なのは、読解力レベルが“二極分化”している傾向が見られることだ。調査では、テスト結果を六段階に分けているが、読解力では最も得点の高い「レベル5」となった生徒の率が9・7%と加盟国平均の8・3%を上回った一方で、最低ランクの「レベル1未満」の割合も7・4%と平均(6・7%)より多く、順位低下につながった。

これはものすごく感じる。
教育投資の差なのかもしれない。
教師のレベルに対応しているのかもしれない。
ただ、勉強に対して
○やる気が無い→学力上がらず
○やるけれど目的意識や目標はない→親の教育投資に対応して学力が決まる
という二分化は日々感じるところではある。
ここのポイントは『明確な目的意識や目標を持っている小中高生なんてほとんどいない』ということだと思う。

さらにこんな内容も。

■科学応用力2位

 読解力とは対照的に「身の回りの自然事象などを、科学的な知識を使って理解できるか」を測る「科学的応用力」は、全体で二位と、世界でもトップレベルを維持した。

 ただ、テストの中で、「地球に昼と夜がある理由」の理解は低く、今年九月、国立天文台が「小学生の四割が天動説を信じている」との調査結果を発表したらしい。


なんていうか、これは教育以前の興味の問題だと思う。
地球が回っていると聞いて『本当に?』と興味を持てるか。
何故空が青いのか。
何故台風があるのか。
こんなことを疑問に思ったりしないのだろう。
もしくは思っても特に疑問の解消に向けてアクションを起こしたりはしないのだろう。

さらに

今回の調査では、日本の生徒が「学校外で勉強する時間」が週六・五時間と、各国平均より二時間以上短く、トップレベルの国に比べれば半分近いという低迷ぶりも明らかになった。

そうな。
へぇ、日本って意外と勉強してないんだ。


あとはこんな記事。

「学力低下」よりも、深刻な問題はほかにある

正論だけど、この人に絶対的に欠けている視点というのは、指導者全てが優秀ではなかったり生徒と指導者が合わなかったりといった人間性に関する部分。さらに、全ての親が態度を変えれば子供の倫理観も矯正されると考えている部分。
教師は大量生産された万能な機械ではない。
全ての親がしっかりとした倫理観や世界観を持っているわけではない。


ここからは、僕の主観で。
僕の勤めている塾には、幼稚舎や小学校受験のコースもある。
僕が小中と地元の公立校だったせいかもしれないが、その子供たちを見ていると、そこに迎えに来る親たちを見ていると、違うんじゃないかと、理論ではなく感情で思う。
確かに、先行投資をして小学校からしっかりした私立に入学させれば、それなりに将来の人間像の安定は約束されるのかもしれない。いわゆる不良になったりとか親の言うことを聞かないようになったりしないという意味で。公立中学校が荒れているという話はどこでも絶えない。
(僕はいわゆる不良だとか親の言うことを聞かない状態に対して否定的な考えはあまり持たないけれど。だって、自分の子供なのだから。100%の反映ではないにしろ、子供は親を映し出す鏡だと思う。)
そして学力に関しても大学進学には問題なく教育してくれるだろう。
しかしだからといって、人間性の豊かさが保障されるわけではない。
将来の可能性をむしろ狭めているかもしれない。

今日もある親が、「命よりも息子が大事」という雰囲気をさせながら、塾の時間が終わった5歳くらいの子供に飲み物をあげていた。おそらく、一人っ子だろう。
彼女は幸せそうだった。事実、幸せなのかもしれない。
でも僕は、過保護とは意味合いが違うけれど、それを越えている過保護を目の当たりにした気がした。
それにしても子供って、何故親の過剰な期待に悲鳴を上げないのだろう。
この歳になって冷静に見てみると実に不思議だ。
中央線に乗っていると、ランドセルを背負った小学生や、私立に通う中学生をよく見かける。
最近は、その子達のカバンに必要以上の負担がかかっているような気がしてしょうがない。
でも、彼らは微塵も感じさせない。
子供って、強いな。

最後に、もう一つ。
東京の公立中学校というのは、高校側から(都立私立問わず)全くもって信頼されていない。
高校の先生が、塾に生徒の様子を聞きに来る。
入試に、塾からの情報が加味される。
さらに将来的には塾の模試が内申並みに重視されそうな世界だ。
これって、なんだろう。異常ではなかろうか。
何かが違う。しかし当然の帰結でもある。
問題は、実に複雑に入り組んで奥深い。

今日は長くなった。ご精読ありがとうございました。

November 15, 2004

組織の中の個人

激しく納得したブログのエントリをコピペしてみます。
僕自身は壁があるとは思わないが、大きな違いはあると思う。
一概に起業家や経営者がすごいとは思わないけれども。

元ネタは、ここ、つぼいブログ

少し前の話ですが、僕と同い年ぐらいの方が、不動産コンサルティングの会社を設立されるとのことで、ご挨拶に来られました。その時の話です。
(仮に彼の名前を木村さん、お勤めになっていた大手ゼネコンを竹水建設としておきます)
「僕は竹水建設で20年間営業一筋でやってきました。大阪ではこの業界では知らん人はいません。僕の名刺フォルダーには同業者やお客さん、1万枚の名刺があります」
つまり、彼はネットワークがあると言いたかったのですが、僕はそれだけでは役に立たないことを伝えたかったので、「木村さん、これは会社のネットワークです。木村さんのネットワークではありません。確かに木村さんの手元には1万枚の名刺がありますが、木村さんの名刺はどこにあると思いますか?木村さんの名刺は彼らの名刺フォルダーの木村の『キ』の欄にはないのです。社名の竹水建設の『タ』の欄に入っています。サラリーマンにとって、名刺の価値はまずは“社名”です。NTTとか三井物産とかトヨタとか松下とか。そして次に役職です。課長なのか部長なのか役員なのか。最後に名前です。ここまで来たら、名前なんてどうでもいい。ただの記号です。吉田でも木村でも相手には関係ない。竹水建設の営業部長に価値があるわけで、キツイようですが、木村にはなんの価値もないのです。ただの記号です。会社を辞めた時から木村さんはどこの馬の骨か分からん馬の骨になったんです」
僕がそう言ったら、彼は厳しい顔をして反論してきました
「確かに、でも、僕は会社の看板で仕事をしたことはない。この腕で自分を売って営業してきました。」
これがサラリーマンの大いなる勘違いなんです。僕は続けて言いました。
「木村さん、それではハッキリ言いましょう。自分の力で営業してきたとおっしゃるんですよね。会社の看板では仕事をしてない。自分の営業力だと…。勘違いしたらあきませんよ。それでは聞きますが、木村さんが竹水建設の名刺を出した時に『どんな仕事をしておられるんですか?』って聞かれたことがありますか?『あ、竹水建設さんですか』ってみんな知っている訳です。でも、僕のまわりにいてる起業家達はみんなただの馬の骨です。名刺交換したらほとんどの人が『何をやっておられるんですか?』って聞かれます。つまり、どこの馬の骨かって聞かれている訳です。『はい。うちはシステムの開発を…』とか『中野で小さなお店を‥』とか自分が何者か、どこの馬の骨か、何をしたいのか?何をしているのか?名刺交換の度に何百回、何千回、何万回と自分の会社や事業を説明しています。これが営業です。この積み重ねが営業力です。20年間、自分の会社の説明をしなくて済んだ木村さんに営業力があるとは思えません。木村さんはお子さんに『世間知らず』って言ったことがないですか?でも、木村さんの世間は日経新聞と竹水建設とその業界だけでしょ。井戸の中のサラリーマンって言うんですよ。世間知らずはあなたのお子さんではなく、あなたです。そんなにマーケットは甘くないです。今からでも遅くありません。サラリーマン時代のネットワークは捨てて木村さんのネットワークを作らないと失敗しますよ。

確かに!という感じですよね。
どうしても、社会的には肩書きというものが優先されてしまう。
よくよく考えると、所属団体(会社とか学校とか)が入ってない名刺なんて見たことない。
学生の身分で社会人の方に話を聞きに行けば、第一声が「で、君は何がやりたいんだい?」と聞かれる。
自分自身を売り込まないといけないわけだ。
そこで気に入ってもらえればいろいろとお世話をしていただけるし、話もいろいろ聞かせていただける。得るものは大きい。

反対に、「こいつは無能だな」と思われてしまうこともある。こういうときはすぐ分かるけど。
態度に変化が出る、あるいは一緒に話を聞いている友人の方しか見なくなる。
基本的に、人間は初対面の集団を相手にすると集団で一番っぽい人物を相手にしようとするらしい。
少ない少ない経験から得た経験則です。

個人の資格はつらいし大変だが面白い。
箱には、必要なときだけに乗っかるのが一番有効。


さてさて。
僕という人間は、どこまで通用するのか。
平々凡々として三流意識を持って、必死に背伸びをしている。
でも、人生に必要な背伸びだってある。背伸びしてればそのうち背は伸びる。そう信じて。

October 16, 2004

禁止事項

誠に申し訳ないことに、このブログを読んでいる友達に「精神不安定だな」みたいな指摘を受けたので、このブログをもう一度最初の方向に戻そうと思う。
つまり、読んでいて新しい知識を取り込める、かつ読んでいてモチベーションが上がるような内容の充実。
最近、タスクで首が回らなくなっていた上に精神的に重かったので、必死に盛り上げつつ、このブログをはけ口にしていた部分があった。
激しく反省。
すでに公開したエントリは隠さないけれど、これからは止めます。
具体的な禁止事項はここで挙げても面白くないと思うので出しませんが。

今後のさわもちネタに請うご期待。


なーんて言ってネタが出るのかは微妙ですが・・・。

ちなみに、今日もある方にお話を聞いてきました。
強く感じたことを二つ挙げると、
・目を輝かせて物を語れる人になろう。語るべきものを持とう。
・自分で面白いと思えることをやろう。面白いと思ってもらえるものを提供しよう。

うーん。当たり前のことなのかもしれないけど再確認。
その他の事は、自分の中にフィードバック。
そして、もっと色々な人に話を聞いてみたい。

September 28, 2004

学ぶということ

塾講師のバイト。
自分『ここはこうなって・・・こっちはどうなるでしょう?』
生徒『分かった!こうでしょ?やったぁ!』

ここでふと思った。
知る・分かる・自力で解くということの喜びを僕は伝えられているのかな?
僕は、中学時代、塾の先生に問題を自力で解き分かる喜びというものを教わった気がする。
同じように、この生徒が将来勉強していくときに助けになることを伝えられたら。
学ぶことに対する姿勢を前向きにする手助けが出来たら。

とかなんとかいいつつ、結局バイト意識でやってます。
一応、自分のしてることに対して誇りを持つというか、バイトではなく講師として質の高いものを提供する気持ちはあるのだけれど。

毎回高い意識で授業をするのは難しい。
生徒とのコミュニケーションはもっと難しい・・・。

September 10, 2004

ビジネスにおいて夢を語る

大学生のうちに会社の一つくらい起こしてやろうと思ったって、難しいこと甚だしい。
何かをしようとしても日常ってのはフィールドが広すぎますよ。

やっぱり、何か本当に好きなものや世の中をこう変えたいという信念がなければいけない。
見えるものも見えてこないし、他人に対する説得力や本人の意識にも関わる。

これは社会人(特に起業家)の方がよく言ってたことではあるけれど。
ちなみに、こんな言葉も。

まして自分は今学生である。
ビジネスにおいて、大いに夢を語らなければ。

僕のしたいことって、何だろう?

September 03, 2004

焦点

焦点を絞るか否かは、非常に重要なことである。

焦点が絞れてくれば、
そこに深みを加えやすくなる。
内容を十分に検討することが出来る。
問題を発見しやすくなる。
課題も限られてくる。
結果として、何をすべきかが明確化する。
目標設定ができ、目標へのアプローチが見えてくる。

ただ、同時にリスクもはらんでいる。

焦点を絞ることは、
物事に対する視野が狭くなる。
可能性をつぶすことになる。
あまねく通用しずらくなる、一般化しずらくなる。
新たなアイデアの入り込む可能性を縮めてしまう。

重複してるけど、思いつくだけたらたらと挙げてみた。

僕は学校教育の中である程度焦点の絞られた(あるいは課題設定のされた)問題ばかり解いてきた。
よく考えると、あまり創造的な訓練は積んでいない。
これから必要なのは、何もないところから発見する(これがゼロベース思考でいいんだよね?)ことかも知れない。

辞書には直接的な説明は載ってなかったけど、
革新 innovation は、創造的破壊 creative destruction とほぼ同義で扱えるらしい。

創造・・・。