社会の変化
すごくフランス的。
どこがって?勝手に音楽を演奏して押し付けがましく金銭を要求するところとか…。
そういえば最近、性善説から性悪説に乗り換えました。すべてフランスのせいです。
社会の相対って、基本的には変化が無いのだと思う。
別の表現をすると、社会の変化量の絶対値より個人の変化量の絶対値が大きい。
よく「世の中変わったなぁ」なんて話を耳にするけれど、僕はそんなことは無いと思う。
もちろん、世の中の絶対は変化している。
テレビ。車。飛行機。インターネット。これらの普及だけで、世界は比較にならないくらい変化している。
でも、その中で暮らしている人々の営みには大きな変化は無いと思っている。
友人で中学校の先生になった人がいるのだけれど、その人が学校での出来事を日記にアップしている。
それを読むとつくづく思うのだが、視点や感情移入する対象が違うだけで、大まかな枠組みは同じである。
多少は大人になったのだから、主張や考えることは当然ながら違う。
だけれども、10代の人の考えることを辿ることは出来る。
例えばAAAの落書きニュース。
このニュースで初めてAAAを知ったあたりに日本の事情に疎い感じがするが、まあよいとして。
今この内容を見れば、処罰されて当然であると考えるし、自分であればこんなことはしない。
が、中学生のころは落書きをした口である (笑)
そして中学生の主張は、身に覚えがある。
「そりゃ悪いかもしれないけど…あなた達が口を出すことじゃないでしょ?おばさん?」
「怒っていい?おじさんたちは一体何様?お前達が世界の王か?いい気になんな!」
「岩、岩、岩、岩、ってうるさぃ↓みんながやってるんだからイーじゃん」
学校で問題になったとき、全く同じ考えをした記憶がある。
もうすぐあれから10年になるのか…(遠い目)
人は人を再生産し、育てる。そしていつか成長して社会の構成員となり、社会を動かす一員として過ごす。
誰にも子供として過ごした時期があり、色々な葛藤や経験と向き合いながら時間を過ごしていく。
社会にしたってビジネスにしたって、元々の目的は「自分が食べていくため」に構成されているのであって、「何かを提供してその対価として収入を得る」という基本的構造は変わらない。
ただ時間軸によって個々の立場が異なるだけで、大まかな社会、人間の営みはきっと何万年前から変わっていない。
「最近の若いモンは…」という言葉が最初に記録されているとされるのは、確か古代ギリシア。
社会がおかしくなってきているのではなく、社会を見る自分の目が変わっただけ。新たな定義が与えられただけ。
「いじめ」「フリーター」「ニート」どんな現象にしたって、それを表現する言葉と定義が与えられただけで、少なからず昔から存在したことだと思っている。
肩こりを示す言葉がない言語を話す人は肩こりを持たないと言う。そういった人たちに「肩こり」を教えてあげると、肩が凝りだすそうだ。
それと同じで、定義が無ければさも存在しないしないように観測されるし、肩こり肩こりと周りが騒がなければ肩こりを気にする回数も減るわけである。曲がった見方をすれば、企業のマーケティング担当者による肩こり増加計画が見事に成功している訳だ。
最近は、世の中の見方がさらに変化してきた。
これからどう映るようになるのか楽しみである。
追記:
余談だが、面白い調査を発見した。
facebookでの「最も尊敬する職業は?」という質問。
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Nがいくつだったか覚えていないし、年齢はアカウント登録の年齢なので信頼性は知らないが、面白い。
特にScientists, Artists, Business Peopleでの年代差が如実に「年代による視点の違い」を表している。
Athletesで、25~34歳で一旦盛り返しているのは、社会に出て現実の壁と葛藤している人たちに、世界の第一線で活躍するアスリートがまぶしく見えるのではないかと勝手に推理している。